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千原光雄先生の逝去を悼んで

2017年3月14日

 井上 勲 筑波大学名誉教授

 千原光雄先生が昨年(2016年)の8月17日に逝去されました。88歳でした。亡くなられた1週間後に、ご遺族から頂いた電話で訃報に接しました。10年ほど前から、外部との接触を完全に断たれていましたので、最後にお目にかかってから長い時間が経っていました。日々をどう過ごされているか気にかかりつつも、連絡することもかなわず、学会関係者など外部からの問い合わせにも答えることができませんでした。

 私個人にとっても藻類学の後進の多くにとっても大変大きな存在でした。私は、大学2年次の植物分類学の講義ではじめて千原先生に出会いました。特徴をうまくとらえた藻類の絵を黒板にすらすらと描いて、特徴のある個性的な文字で要点を挙げて説明されました。みたことも聞いたこともない藻類が次々と飛び出す熱のこもった講義に大変魅了されたことを思い出します。1973年の卒業研究からご退官の1991年まで、20年近くにわたってご一緒させていただいたことは私のかけがえのない財産になっています。反抗したり、議論をふっかけたり、長年にわたって不肖の弟子の限りを尽くしましたが、千原先生はそのすべてを正面から受け止めて、ひとつひとつに誠実に答えてくださいました。このようなお人柄もあって、今も深く感謝をし、また心から尊敬しております。先生の誠実さ、まじめさに触れたことは、多くの後進の糧にもなっています。訃報に接し、先生から薫陶を受けた私たちは、未だ大きな喪失感を味わっています。

 先生は、昭和27年に東京文理科大学を卒業後、東京教育大学助手、国立科学博物館主任研究官、東京教育大学理学部助教授等を経て、1974年から1991年まで筑波大学教授を務められました。その間、生物学類長、菅平高原実験センター長、生物科学系長、第二学群長の要職につかれました。その後、日本赤十字看護大学教授を7年間、千葉県立中央博物館長を5年間務められました。国立科学博物館、東京教育大学、筑波大学における教育研究活動を通して多くの人材を輩出されました。先生の指導を受けた後進の多くは、大学や研究機関において、わが国の藻類の教育研究を推進する中心的な役割を果たし、国際的にも活躍しています。 

 研究対象は、海藻からさまざまな微細藻類まで多岐にわたります。長年にわたって継続的に続けられた海産緑藻類や紅藻類の生活史の解明は、海藻類の系統分類の理解と分類体系の確立に大きく貢献しました。一方で、多様な微細藻類の研究を幅広く展開されました。1963年に、プラシノ藻について世界に先駆けた論文を発表されており、先見の明に驚かされます。先生のリーダーシップで進められたその後のプラシノ藻類に関する多くの研究は、緑色藻類から陸上植物への進化を理解する先駆的な成果をもたらしました。並行して、ハプト藻やラフィド藻、クリプト藻など、わが国ではほとんど未知の存在であった多様な微細藻類の研究も主導されました。これらの研究は複雑な構成をもつ藻類の進化と全体像の理解に大いに貢献しました。このような広範な藻類群を対象とした研究業績と植物界の分類体系の構築への貢献が評価されて、平成19年に日本植物学会賞の最高賞である大賞が贈られています。選考理由の中に「日本の藻類学の研究レベルを国際的にトップレベルまで飛躍的に高めた功績は多大なものであります。」とあります。そのとおりだと思います。

 公務で多忙を極めているにもかかわらず、先生は、日本藻類学会、日本植物学会、国際藻類学会など内外の学術団体において、編集長や評議員、会長などの要職を歴任されたほか、国や自治体の審議会の委員等を務め、藻類学、植物科学の発展に尽力されました。さらには、海藻やプランクトンに関する図鑑と藻類に関する教科書や専門書など、多くの著作を執筆され、藻類に関する知識の普及にも貢献されました。

 上に挙げた多岐にわたる膨大な量の仕事をこなしてしまう千原先生のエネルギーも驚異的でしたが、特筆すべきは、どれ一つとして手を抜かず、丁寧に、正確に仕上げることでした。常人ではとても真似できませんが、研究を含めて仕事のあり方を私たちに教えてくださっていたのだと思います。逝去にあたって業績を整理する過程で、改めて先生のすごさを思い知りました。本当に休むことなく精力的に仕事をされる先生でした。ここ10年ほどはご病気だったと伺いました。おそらく仕事ができないことで悔しい思いをされていたのではないかと想像しています。

 先生が蒔いた種は確実に育っています。藻類研究の興隆は私の卒業研究の頃と比べると夢のようです。日本の藻類研究は大きく成長しており、多くの後進達が先生の後に続いています。今は安心してゆっくりお休みいただきたいと思います。ご冥福をお祈りいたします。


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