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平成30年度(第15回)日本植物学会賞の選考結果報告

2018年6月29日

=平成30年度(第15回)日本植物学会賞の選考結果報告=

  公益社団法人日本植物学会は、大賞を初めとして、学術賞、奨励賞、若手奨励賞、特別賞を制定し、植物学に関する研究業績と、日本植物学会員としての学会への貢献に対して表彰を行っています。選考にあたっては、自薦、他薦、代議員推薦などの幅広い募集により、多くの傑出した研究者、才能ある若手研究者の積極的応募を促す方式がとられています。

 平成30年度も例年同様多数のご推薦、ご応募を頂きました。そこで、平成30年4月14日(土)に日本植物学会賞選考会議を東京大学本郷キャンパスに於いて開催し、第15回日本植物学会賞最終受賞候補者を決定しました。この結果が会長により承認され、受賞者が決定しましたので、ここに選考結果を報告いたします。

大賞〉
 会員による推薦を受けた選考対象者について、研究業績、後進の育成、日本植物学会員としての植物科学への貢献等を様々な角度より審議した結果、選考委員の全員一致により、長田敏行氏を大賞受賞者に選出いたしました。

長田 敏行(法政大学名誉教授、東京大学名誉教授)
 長田敏行氏は、植物生理学分野において世界に誇る研究業績をあげ、植物科学の発展に貢献してこられました。特筆すべき業績として、タバコ葉肉プロトプラスト調製法を確立し、プロトプラストからの植物体再分化に世界最初に成功し、植物体細胞が分化全能性を示すことを具体的に示したことがあげられます。また、タバコBY-2細胞高度同調系を開発し、広く配布することにより、植物培養細胞システムを世界的に普及させました。これらの研究業績により、植物の細胞周期の分子的解析が飛躍的に推進したほか、細胞内構造の解析や細胞内小器官の動態研究など、植物細胞生物学研究の進展に多大な貢献をしました。さらに、ドイツシュプリンガー社のBiotechnology in Agriculture and Forestry のシリーズに「Tobacco BY-2 cells」、「Tobacco BY-2 cells: From cellular dynamics to omics」、「Brassicas and legumes: From genome structure to breeding」など、また和書としては、「プロトプラストの遺伝工学」(講談社)、「細胞工学の基礎」(東京化学同人)などをまとめ、植物組織培養やクローン培養技術の普及につとめ、植物細胞工学の発展に大きく貢献しました。日本植物学会では2005年にこれらの業績に対し日本植物学会賞特別賞を授与しています。海外では、アレキサンダー・フォン・フンボルト研究賞(1998)、イグノーベル賞(2013)などを受賞し、植物分野では日本人唯一のヨーロッパ分子生物学研究機構(EMBO)のメンバーに選出(1999)されており、世界的にもその研究業績が認められています。日本植物学会の運営については、1993年から1994年に専務理事、2001年から2004年まで理事を務められ、学会の発展に貢献されました。このように、長田氏の日本植物学会および植物科学の発展に対する功績は極めて大きく、日本植物学会賞大賞にふさわしいものと判断いたしました。

〈学術賞〉
 応募のあった4名を選考対象者として、研究業績のプライオリティー、独創性、国際的評価、植物科学の発展への貢献などについて審議した結果、東山哲也氏を学術賞受賞者に選出しました。

東山哲也(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所)
「ライブセル解析による被子植物の生殖機構の解明」
 東山哲也氏は、被子植物の生殖機構の研究でこれまで輝かしい成果を挙げられており、この分野の世界的リーダーとして活躍されています。被子植物の生殖は、植物自体の生存を支える根源的な仕組みであるとともに、食料生産をはじめとする人間の生活の様々な側面に深く関わる重要な生命現象です。そのため古来多くの科学者がその仕組みを明らかにすべく研究を行ってきました。その結果、花粉が雌しべに受粉すると花粉管を伸ばし重複受精を行うという基本過程が19世紀末には既に明らかにされていました。しかしその詳細な動態と分子機構についてはその後長らく解明されることなく、雌しべの内奥で密かに進行する受精の過程は神秘のヴェールに包まれた状態が続いていました。東山氏は胚のうが胚珠から露出するトレニアを研究材料に選び、semi-in vitro受精系を開発することで、この長年の秘密を暴くことに成功しました。この実験系を用いることにより、顕微鏡下で受精過程を直接観察することが可能となるとともに、様々な物理的・化学的・遺伝的摂動の影響を評価することが可能となりました。その結果、胚のう中の助細胞が産生するペプチド(LURE)が、花粉管を胚のうへと誘導する誘引物質の正体であることが突き止められました。また、分子進化速度が速いLUREが受精の壁をもたらす原因となることを示すとともに、LUREの受容体であるPRK6の同定、LUREシグナリング経路を活性化するAMORの発見など、目覚ましい成果を立て続けに挙げられています。これに加え、卓越したイメージング技術を活用し、2つの精細胞の動態の解明,受精過程におけるカルシウム動態の観察、受精が失敗した際に2本目の花粉管を誘引する機構の発見など、多くの成果を発表されています。これらの成果は国内外を問わず多くの教科書に採り上げられており、氏の研究が植物科学の発展に大きく貢献していることは疑いようがありません。以上の理由により、東山氏の業績が日本植物学会学術賞にふさわしいものと判断いたしました。

〈奨励賞〉
 11名の方から応募がありました。これらを選考対象者として、まず、各審査員が、申請書類を基にした書面審査を行い、5段階評価とコメントを記した評価表を作成しました。次に全委員の評点とコメントの集計結果を基にして合議により審議を行いました。選考に当たっては、研究内容、研究分野、日本植物学会大会に於ける発表の状況やJournal of Plant Researchでの論文発表など、本学会における活動を考慮しつつ総合的に評価しました。その結果、優れた研究を行い、将来の発展が期待される若手研究者として、中村 友輝、丸山 大輔、吉田 啓亮(五十音順)の3氏を奨励賞に選出しました。

中村 友輝(Institute of Plant and Microbial Biology, Academia Sinica)
「植物の成長および発生における脂質多様性に関する研究」
 脂質は、蛋白質、糖、核酸と並ぶ主要な生体構成分子であり、その機能は多様であると考えられていますが、その詳細は明らかになっていません。また、生体膜を構成する膜脂質の組成は、細胞小器官や組織・器官ごとに大きく異なり、成長や発生の過程で柔軟に変化することで多様な生体反応に対応しています。こうした脂質のダイナミックな分布と変化に対して、中村友輝氏は、主要な膜リン脂質であるホスファチジルコリンに注目し、多様な脂質の分布の構築や維持の仕組みに関する研究、及び、こうした脂質の多様性が関与する植物の成長や発生への影響等について研究を展開してきました。このことにより、これまで、生体膜の構成成分として捉えられがちであった膜脂質に、リン供給源や花成シグナルなど多様な機能があることを明らかにしてきました。なかでも、花の構成脂質の生理学的意義を明らかにするために、花を同調発生させる技術開発を行った研究は、花の発生研究にも大きく寄与することとなっており、特筆に値すると考えられます。それらの成果は、植物の発生生物学と脂質生化学の融合による新たな研究領域を開拓したと捉えることもでき、高く評価されました。今後、中村氏は、脂質分子と相互作用する蛋白質との相互作用に立脚した脂質機能の新たな方向性に向けた研究の発展性も視野に入れており、さらなる活躍が大いに期待されます。

丸山 大輔(横浜市立大学 木原生物学研究所)
「新奇の細胞融合現象による花粉管誘引停止メカニズムの解明」
 多精拒否は有性生殖を行う生物に広く見られる現象であり、正常な発生を担保する重要な現象として知られています。精細胞を花粉管を介して卵細胞へと輸送する被子植物においても、卵細胞が一つの精細胞のみと融合することが必要であり、受精後は他の花粉管が胚のうへと誘導されないよう花粉管の誘引を速やかに停止する必要があります。丸山氏はこの花粉管の誘引停止がどのように起こるのかを明らかにするべく、シロイヌナズナの受粉後の雌しべから胚珠を取り出し、液体培養しながら観察できる実験系を構築しました。この系を用いた観察により、氏は受精後も活性を保っている助細胞が胚乳と融合する"助細胞胚乳融合"を発見し、これが助細胞の不活化と花粉管誘引の停止を引き起こすことを示しました。この仕組みは、被子植物における多精拒否に深く関わっているものと考えられます。さらに、助細胞胚乳融合に新規の遺伝子発現やサイクリン依存性キナーゼの活性が必要であることも見いだしました。これら一連の発見は丸山氏を筆頭著者または責任著者として発表されており、氏が主体的に研究を遂行していると評価されます。また今後さらなる研究の発展が期待されることから、奨励賞を授与するにふさわしいと判断しました。

吉田 啓亮(東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所)
「植物オルガネラ機能を支えるレドックス制御ネットワークの包括的解析」
 チオレドキシンによるレドックス制御系は、1970年代にBuchananらによって見出されました。たとえば、カルビン-ベンソンサイクルのフルクトース1,6-ビスリン酸脱リン酸化酵素は、そのS-S結合がチオレドキシンにより還元されると活性化されます。しかし、次第に(とくに最近の網羅的解析によって)、チオレドキシンの分子種が複数あり、ターゲットとなる酵素も多数にのぼることがわかってきました。「いったいどのチオレドキシンがどの酵素を還元しているのか、その組み合わせはどのような仕組みで決まるのか。」吉田氏は、葉緑体とミトコンドリアを対象に、この課題に正攻法で挑んできました。葉緑体については、NADPHからの還元力によって直接酵素を還元する酸化還元酵素(NADPH-チオレドキシン還元酵素C、分子内にチオレドキシン部分を含んでいる)の標的酵素群が、チオレドキシンの標的酵素群と大きく異なることも明らかにしました。吉田氏の研究の特徴は、試験管内のモデル系で機能を確認するのみにとどまらず、それが実際にin vivoで機能するのかどうかを徹底的・定量的に検証することにあります。吉田氏による分子生物学・生化学から生理生態学までを貫徹した信頼性の高い研究は、今後も大いに期待されます。

〈若手奨励賞〉
 7名の方から応募がありました。本賞は、大学院生やポスドクなど意欲にあふれた若手の研究者を顕彰することを目的としています。奨励賞と同様の方法で書面審査と合議による選考を行いました。その結果、総合的評価が高かった小林 峻、小林 優介、福島 健児(五十音順)の3氏を若手奨励賞に選出しました。

小林 峻(琉球大学 理学部 海洋自然科学科)
「哺乳類媒植物ウジルカンダの送粉者の地域変異」

 種子植物の有性生殖には送粉が必須であり、多くの植物において送粉者と植物、特に花形態や誘因形質との関係が調べられてきました。しかし、昆虫や鳥を送粉者とする植物に比べ、哺乳類を送粉者とするものは少なく、研究例も非常に限られていました。小林峻氏はこのような哺乳類による送粉生態の研究に取り組み、我が国の九州を北限として東南アジアに広く分布する、マメ科の大型つる性木本ウジルカンダ(Mucuna属)について、花の構造と外力による裂開のプロセスを詳細に観察し、旗弁を押し上げると同時に翼弁を押し下げなければ花が裂開して送粉に至ることはないことを明らかにしました。さらに台湾、沖縄、九州において、自動動画撮影カメラを活用して送粉者を特定し、訪花行動を分析しました。その結果、ウジルカンダの主な送粉者は、Mucuna属について一般に考えられている植物食性コウモリだけではなく、台湾ではクリハラリス、九州ではニホンザルであることを突き止めました。特に九州では、以前は送粉者がいなかったために結実しなかった集団が、ニホンザルが訪花する習性を獲得してから結実するようになったという興味深い事実が明らかになりました。まだ未調査の東南アジアでは、コウモリ類以外の非飛翔性哺乳類に送粉を依存する植物が潜在的に多数あると推定され、またオーストラリアやアフリカ地域とは動物相が異なるため、送粉生態の特徴も異なる可能性があることから、今後の研究の発展が大いに期待されます。

小林 優介(国立遺伝学研究所)
「葉緑体核様体構造の進化と遺伝機構の分子生物学的解析」

 葉緑体は細胞内共生シアノバクテリア由来の細胞小器官で、独自のゲノム(葉緑体DNA)を有しています。葉緑体DNAは、様々なタンパク質と共に葉緑体核様体構造を形成しています。しかし、この葉緑体核様体構造の進化過程についてはよく理解されていませんでした。小林氏は緑藻から被子植物までの各進化段階を代表する4つのモデル生物について、葉緑体核様体構成タンパク質の変遷を解析し、進化の過程でバクテリア型の葉緑体核様体因子が、宿主由来の真核型因子へと置換されてきたことを明らかにしました。さらに、代表的な葉緑体核様体タンパク質である亜硫酸還元酵素の葉緑体核様体への局在に、C末ペプチドが重要であることも示しました。これらの成果は、葉緑体核様体進化の研究においてより広い視野での新しい展開を拓くものといえます。また小林氏は、世界に先駆けて葉緑体核様体の維持・分配機構の解析にも着手し、葉緑体核様体形態異常のクラミドモナス変異体moc1の原因遺伝子が葉緑体型 Holliday ジャンクション切断酵素遺伝子であることを、初めて明らかにしました。このMOC1遺伝子は緑藻から陸上植物まで広く保存され、葉緑体分裂や分化に伴う核様体の分離に欠かせないことも明らかにしました。小林氏の一連の研究は、葉緑体核様体の進化、分子構造、形態制御の理解に大きく貢献するものであり、今後の植物科学におけるこの分野の進展を大いに期待させるものです。

福島 健児(University of Colorado Denver、理化学研究所 環境資源科学研究センター、日本学術振興会 特別研究員)
「食虫植物のゲノム・形態・機能の進化」 

 食虫植物の捕虫葉は、複数の新奇形質(誘引、捕獲、消化、吸収など)が組み合わさり初めて機能します。捕虫葉は完成した状態では適応的ですが、中間段階ではかえって不利なことが多いと考えられます。それではこのような形質(複合適応形質)はどのように進化してきたのでしょうか。また被子植物の食虫性は、多系統間で独立に進化してきたにも関わらず、その機能や形態はよく似ています。複合適応形質が収斂進化しうる進化的拘束の背景は何か、またそこには何らかの法則が存在するのでしょうか。
 福島氏は食虫植物に着目し、細胞遺伝学、発生進化学、ゲノム生物学など様々なアプローチを試み、これらの問題に取り組んできました。その結果、ムラサキヘイシソウの袋型捕虫葉の劇的な形態変化は、葉の発生初期の一見小さな変化が鍵となっている可能性を見出しました。また食虫植物の消化酵素遺伝子は、特定のストレス応答性遺伝子が各系統間で繰り返し消化酵素に転用されたものである可能性を見出しました。このことは、食虫植物の消化酵素の進化経路がごく限られた分子収斂の賜物であることを意味しています。これらの成果はいずれも極めて優れた論文発表に結びついています。
無限にも見える生物の多様性には、どのような進化の法則が横たわっているのでしょうか。また生物は今後どのように進化すると予測できるのでしょうか。未知の進化の問題解明に、福島氏の大いなる活躍が期待できます。

〈特別賞〉
本年度は選考対象となる推薦・応募がありませんでした。

平成30年度日本植物学会賞選考委員会
邑田 仁(委員長)
池内昌彦、石田健一郎、今泉(安楽)温子、上田貴志、澤 進一郎、塚谷 裕一、寺島 一郎、西田 治文、藤田 知道


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