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2013年度の学会賞受賞者と講評

[お知らせ]  2013年6月13日

=第10回日本植物学会賞受賞者=
 第10回日本植物学会賞の各賞の受賞者が以下の通り決まりました。なお、授賞式と授賞講演は、日本植物学会第77 回大会(平成25年9月14日:北海道大学札幌キャンパス 高等教育推進機構)で行われる予定です。      

(敬称略)
〈大賞〉
今関 英雅 (名古屋大学名誉教授)

〈学術賞〉
町田 泰則 (名古屋大学 院 理学研究科)
「細胞板形成の研究:植物微小管モータータンパク質の発見と制御の仕組み」

〈奨励賞〉
伊藤(大橋)恭子(東京大学 院 理学系研究科)
「植物の細胞運命決定を制御する分子機構の研究」
榊原 恵子 (東京大学 院 理学系研究科)
「ヒメツリガネゴケをモデルとした発生進化学的解析による陸上植物の異形世代交代を司る分子機構の解明」
辻田 有紀 (東北大学植物園・日本学術振興会特別研究員RPD)
「植物の系統進化と菌根共生の変化」
矢守 航  (千葉大学環境健康フィールド科学センター)
「光合成系の温度馴化メカニズムの包括的解明」

〈若手奨励賞〉
片山 なつ (日本女子大学 理学部 物質生物科学科・日本学術振興会特別研究員PD)
「水平ボディプランをもつカワゴケソウ科の進化形態学的研究」
中田未友希 (立教大学 理学部 生命理学科)
「葉の初期発生における向背境界とWOX遺伝子の機能の解明」
中山 北斗 (京都産業大学 総合生命科学部・日本学術振興会特別研究員 SPD)
「進化発生生物学を基盤にした被子植物の形態多様化機構の研究」
三井 裕樹 (東京農業大学 農学部 バイオセラピー学科)
「渓流環境における生態的種分化の多面的な解析による検証」

〈特別賞〉
技術
阿部 知子 (理化学研究所 仁科加速器研究センター)
「高速重イオンビーム照射による植物の変異誘発技術の開発と普及」

教育
園池 公毅 (早稲田大学教育・総合科学学術院)
「光合成に関する啓蒙活動」

その他
梶田 忠  (千葉大学 院 理学研究科)
米倉 浩司 (東北大学植物園)     
「植物和名−学名インデックス YList の作成と公開」

Dedy Darnaedi(インドネシア科学院生物学研究所ボゴール標本館)
「インドネシアにおけるフロラ研究とそれに関するインドネシア=日本間の共同研究の推進」

=第10回日本植物学会賞の選考結果報告=
 日本植物学会は、大賞を初めとして、学術賞、奨励賞、若手奨励賞、特別賞を制定し、植物学に関する研究業績と、日本植物学会員としての学会への貢献に対して表彰を行っています。選考にあたっては、会員推薦や自薦により、傑出した研究者を推薦し、才能ある若手研究者の応募を促す方式がとられています。 

 2013年度も例年同様多数のご推薦、ご応募を頂きました。そこで、2013年4月27日(土)に日本植物学会賞選考委員会を東京大学にて開催し、第10回日本植物学会賞受賞者を決定しましたので、此処に選考結果を報告致します。

〈大賞〉
 会員による推薦を受けた4名の選考対象者について、研究業績、後進の育成、日本植物学会員としての植物科学への貢献等について、様々な角度より審議した結果、今関英雄氏を大賞受賞者に決定しました。

今関 英雅(名古屋大学 名誉教授)
 今関英雅氏は、植物における病傷害応答にかかわる研究を端緒として、長年にわたり植物ホルモンのひとつであるエチレンに関する研究を続けてこられました。エチレンの生理作用はもとより、その生合成に関する生理学的、生化学的、および分子生物学的研究において多くの先駆的業績をあげられました。エチレン合成がオーキシンや傷害によって誘導される過程の生理学的研究により、サイトカイニンによる促進とアブシジン酸による抑制など、植物ホルモンによるクロストーク機構を明らかにされました。また、エチレン合成の生化学的研究により、エチレンの前駆体である1-アミノシクロプロパン-1-カルボン酸(ACC)を同定し、ACC合成酵素がエチレン生合成の律速段階であること、およびACC合成酵素にオーキシン誘導型と傷害応答型のアイソザイムがあることを明らかにされました。こうした生理・生化学的研究のみならず、早い段階から分子生物学的手法を取り入れた研究を進められ、オーキシン誘導型と傷害応答型それぞれのcDNAクローニングを行ってACC合成酵素の遺伝子ファミリーを明らかにされ、生理・生化学と分子生物学を両輪とした研究の重要性を示されました。こうした研究の中で、文部科学省科学研究費補助金重点領域研究「植物ホルモンによる細胞形態構築の制御機構」では領域代表を務められ、関連分野の研究推進に尽力されるとともに、後進の育成にも力を注がれました。植物学会においては、当時の学会誌であったBotanical Magazine (Tokyo) の編集長として同誌の改革の任にあたられました。誌名・スタイルの刷新や編集体制の改革に取り組まれ、現在の国際誌としてのJournal of Plant Researchの礎を築かれました。また、植物生理学会でも会長、編集長を歴任されました。このように長年にわたり我が国の植物科学の発展に多大の貢献をされた今関氏の功績は、日本植物学会の大賞にふさわしいものと判断いたしました。


〈学術賞〉
 会員による推薦を受けた2名の選考対象者について、研究業績のプライオリティー、独創性、国際的評価、植物科学への発展への貢献、さらに日本植物学会員としての活動を通した植物科学への貢献などについて審議した結果、町田泰則氏を学術賞受賞者に決定しました。

町田 泰則 (名古屋大学 院 理学研究科)
「細胞板形成の研究:植物微小管モータータンパク質の発見と制御の仕組み」
 町田泰則氏は、植物細胞の細胞質分裂の機構に関する先駆的な研究をおこない、鍵となる一連の分子を同定し、その機構の大筋を明らかにしました。細胞分裂は普遍的な現象ですが、その最終段階である細胞質分裂は、動物細胞では収縮環のくびれにより、植物細胞では細胞板形成により、それぞれ達成されます。町田氏はこの植物細胞に特徴的な細胞版形成に着目し、優れた培養細胞があるタバコと変異体を用いた解析が自在にできるシロイヌナズナを用いて研究を進め、細胞板形成には、(1)植物固有のMAPキナーゼ・カスケード(3つのキナーゼによる連続したリン酸化反応系)が必要であること、(2)このカスケードの活性化には、経路全体の鍵因子であるキネシン様のモータータンパク質(NACK1 とNACK2 と命名された)が必要であること、その中でもNACK1 のモーター領域が必要であること、(3)カスケードの最下位に位置する MAP キナーゼは、微小管結合タンパク質の一つである MAP65 をリン酸化し、細胞板形成をリードしていくフラグモプラスト微小管の拡大成長を促進していること、(4)MAP キナーゼ・カスケードの活性化は、細胞周期のエンジンであるサイクリン依存性キナーゼ(CDK)により制御されていることを証明しました。こうして明らかにされた細胞質分裂の制御系は、動物や酵母にはない植物細胞の細胞板形成に固有の分子機構であり、細胞質分裂という普遍的な現象を制御する分子機構そのものは多様化していることを見事に示すことになりました。町田氏は、この間、生化学・分子生物学・細胞生物学・遺伝学を縦横に用い、日本の植物科学の伝統的な強み(タバコBY-2細胞やキネシン様モータータンパク質の先駆的な研究)を活かして、一貫して研究分野をリードしてきました。以上の町田氏の貢献は、日本植物学会学術賞にまさにふさわしい研究として高く評価されます。


〈奨励賞〉
 16名の選考対象者について、まず、各審査員が、申請書類を基にした書面審査を行い、5段階評価とコメントを記した評価表を事務局に提出しました。選考委員会では、全委員の評点とコメントの集計結果を基にして合議により審議を行いました。選考に当たっては、研究内容、研究分野、日本植物学会大会に於ける発表の状況やJournal of Plant Researchでの論文発表など、本学会における活動を考慮しつつ総合的に評価しました。その結果、優れた研究を行い、将来の発展が期待される若手研究者として、伊藤(大橋)恭子、榊原恵子、辻田有紀、矢守航(五十音順)の4氏に奨励賞を授与することを決定しました。

伊藤(大橋)恭子(東京大学 院 理学系研究科)
「植物の細胞運命決定を制御する分子機構の研究」
 伊藤(大橋)恭子氏はこれまで一貫して植物の発生・形態形成の分子機構解明を目指した研究を行い、国際的にも高く評価される業績を挙げてきました。中でも発生段階で細胞運命が決定されるしくみに注目した研究を進め、多くの鍵因子の発見、機能解明を通して分野の発展に貢献しています。特に気孔形成の研究においては、表皮細胞がメリステモイド、孔辺母細胞、孔辺細胞と段階的に分化していく過程が、非常によく似た3つの転写因子(SPCH, MUTE, FAMA)によって順次制御されることを見出し、気孔形成の主要なメカニズムを解明しました。また維管束形成の研究においては、初期形成から最終的な木部への分化に至るまでの全般の制御機構の解明を精力的に進めています。これまでに初期の細胞分化のマスター因子としてLHWを発見している他、木部への分化を制御するHD-ZIPⅢ、最終的な道管分化を制御するVND6等の解析を進め、これらの因子が下流遺伝子の発現調節を通して維管束形成を誘導するメカニズムの解明に成功しています。これらの成果は近年の植物科学の発展のなかでも非常に顕著なものであり、審査員の間で非常に高い評価を得ました。今後、伊藤(大橋)氏がこれらのモデル実験系を用いて目指している植物幹細胞形成の制御機構解明に向けた研究展望も明確であり、益々の活躍と研究の発展が期待されます。

榊原 恵子 (東京大学 院 理学系研究科)
「ヒメツリガネゴケをモデルとして発生進化学的解析による陸上植物の異形世代交代を司る分子機構の解明」
 陸上植物は後生動物、菌類とともに陸上多細胞生物の主要な系統であり、陸上植物の発生過程の進化を研究することは、陸上多細胞生物全体における発生進化の普遍的原理解明に繋がるとともに、植物が独自に獲得した発生過程を明らかにできると期待されています。しかし、陸上植物の発生研究は被子植物に限られており、被子植物以外の陸上植物において発生過程の分子機構を研究できる材料が求められていました。榊原恵子氏は、コケ植物ヒメツリガネゴケが陸上植物の発生の基本原理とその進化を研究することに適していると考え、大学院生時代よりヒメツリガネゴケ研究のため必要な実験手法の確立、ベクター系やゲノム情報などのリソース整備を積極的に行ってきました。被子植物などに見られる胞子体の茎葉構造は、祖先が配偶体の茎葉形成に使っていた遺伝子系を胞子体世代に流用したと考えられてきました。しかし、榊原氏は被子植物茎頂分裂組織形成維持に必須なクラス1KNOX遺伝子がヒメツリガネゴケの配偶体茎葉形成には関与せず、茎葉を作らない胞子体のみで機能していることを発見し、従来の定説と異なり、胞子体茎葉は被子植物へ繋がる系統で独自に進化したことを世界で初めて実証しました。さらに、被子植物では機能未知であったクラス2KNOX遺伝子がヒメツリガネゴケの胞子体世代から配偶体世代への転換を制御していることを発見しました。これらの発見は生活史進化研究の大きなブレークスルーである点で高く評価できます。榊原氏はこれらの発見を基に、植物の大きな特徴である世代交代の分子機構解明とその進化過程推定へと研究を進展させる計画をたてており、今後の発展が大いに期待されます。

辻田 有紀 (東北大学植物園・日本学術振興会特別研究員RPD)
「植物の系統進化と菌根共生の変化」 
 植物と菌根菌との関係は、地球上で最も普遍的に存在する生物共生系の1つです。辻田有紀氏は「植物と菌根菌」の関係について主にラン科を用いて研究を行ってきました。シュンラン属をモデルに、植物が地上生から樹上生へとハビタットを変化させるのに伴って、共生菌が、土壌に生育するアーバスキュラー菌根菌から、樹上に生育する腐生性の担子菌へ変化したことを明らかにし、菌根菌パートナーのシフトが植物の系統進化に関与したことを示しました。菌類従属栄養植物の広域分布性についての研究では、菌根菌が、栄養供給に重要な役割を果たすことから、植物の分布を規定する要因となりうることを明らかにしました。また、これまで分解菌としてのみ知られていた担子菌オチバタケの一種が、ラン科アキザキヤツシロランの菌根菌であることを示し、これは新規の発見となりました。最近では、研究材料をシダ植物配偶体に広げ、これまでサイズ数mmと小形で菌根菌をもたないと信じられてきたシダ類心臓形配偶体にも、基部分類群複数種において恒常的にアーバスキュラー菌根菌が見られる事を報告しました。以上はすべて、植物多様性形成に菌根菌共生が関与したとする新たな観点からの研究であり、今後も大いに発展が期待されます。

矢守 航  (千葉大学環境健康フィールド科学センター)
「光合成系の温度馴化メカニズムの包括的解明」
 矢守 航氏は、生理生態学的な研究に、分子生物学的な研究技法を導入した独自の研究スタイルを確立し、これまで光合成系の温度順化メカニズムについて多方面な研究を展開してきました。とくに顕著な業績は、ルビスコのCO2固定反応が光合成系の温度順化と密接に関わっていることを見出し、葉の細胞間隙から葉緑体へのCO2輸送抵抗とルビスコ反応特性、それぞれの温度応答の変化が重要であることを示したことであります。具体的な温度順化の分子メカニズムとして、ルビスコの小サブユニットの変化が光合成系の温度順化に重要な要因であることを突き止め、さらに、高温領域におけるルビスコ活性化の制御において、アクチノベースが鍵を握っていることを明らかにしました。矢守氏は、研究から明らかになった光合成の温度順化メカニズムを元に光合成モデル改良し、そのモデルを用いて地球環境の変化による植物の光合成応答を、広範な温度環境においても解析可能にできるよう試みています。これまでに発表した論文の多くが第一著者として国際的に評価の高いジャーナルに掲載されており、被引用数の多い論文も含まれています。奨励賞として相応しいと判断されました。


〈若手奨励賞〉
 本賞は、大学院生やポスドクなど意欲にあふれた若手の研究者を発掘し、顕彰することを目的としています。本年は8名の選考対象者について、奨励賞と同様の方法で書面審査と合議による選考を行いました。その結果、片山なつ、中田未友希、中山北斗、三井裕樹(五十音順)の4氏に若手奨励賞を授与することに決定しました。

片山 なつ (日本女子大学 理学部 物質生物科学科・日本学術振興会特別研究員PD)
「水平ボディプランをもつカワゴケソウ科の進化形態学的研究」
 カワゴケソウ科は熱帯から亜熱帯の河川に分布し、急流環境に適応して奇妙な形態進化を遂げた植物です。多くの被子植物が茎頂分裂組織(SAM)と根端分裂組織(RM)による鉛直方向のボディプランをもつのに対し、カワゴケソウ科植物では、SAMが不完全でRMを欠く水平方向のボディプランが知られています。片山なつ氏は、このようなボディプランの進化を形態進化と分子メカニズムの面から解明しました。まず、カワゴケソウ科植物において葉とSAMの各マーカー遺伝子の発現解析を行い、カワゴケソウ亜科では発生進行に伴ってSAMが葉へと転換することを突き止めました。さらに、胚発生を詳細に観察し、カワゴケソウ科の進化の過程で幼シュートの形成中心と幹細胞の維持機構に変更が起きSAMの有限化が起こったこと、また胚基部に静止中心が正常にできずRM と幼根が形成されなくなったことを示しました。これらは、カワゴケソウ科の水平ボディプランの進化に、SAMやRMの発生制御機構、特にメリステムの形成と維持に欠かせない形成中心・静止中心と幹細胞の発生機構に生じた重大な変更が関わったことを示しています。本研究は、カワゴケソウ科という特徴的な植物群に注目し、詳細な胚発生観察と遺伝子発現パターンの解析を通して、環境への適応に伴う植物の形態進化の過程を明瞭に示すことに成功しており、高く評価できます。また片山氏は、将来の展開をしっかりと見据えて研究を行っておられ、研究の今後の大きな発展を期待できます。

中田未友希 (立教大学 理学部 生命理学科)
「葉の初期発生における向背境界とWOX遺伝子の機能の解明」
 中田未友希氏は植物器官の発生と形態形成の遺伝子支配の分子機構に興味を持ち、葉の発生初期に周縁領域部で特異的に発現し、周縁部にある特異的な細胞列をつくるために必要な PRESSED FLOWER (PRS)遺伝子と、類縁のWOX1遺伝子に関して研究を続けてきました。まず、PRS遺伝子のプロモータ領域に欠失変異や挿入変異を導入した形質転換植物をモデルに、プロモータの機能単位をあきらかにしています。この研究で、中田氏は、葉の葉原器の横方向に偏った成長が PRS遺伝子と WOX1遺伝子によって制御されることを見いだし、葉原基における細胞分裂のパターンと遺伝子発現パターンを詳細に比較し、 PRSと WOX1遺伝子が葉原基の向軸側と背軸側のちょうど中間に位置する領域で発現すること、両遺伝子の発現が外向きの細胞分裂を誘導することなどから、葉の横方向への成長の鍵となるという三領域モデルを構築しています。
 現在は、所属をかえ、植物器官の形成過程の分子機構を進化と多様性獲得の視点やモデリングによる予測などの新たな研究分野に挑戦しようとしています。着実な突然変異体研究から葉形態形成機構の一般概念の構築へと昇華させており、今後の研究の展開が期待できると評価します。

中山 北斗 (京都産業大学 総合生命科学部・日本学術振興会特別研究員 SPD)
「進化発生生物学を基盤にした被子植物の形態多様化機構の研究」
 生物は進化の過程でさまざまな新規形態を獲得し多様化してきました。しかし、新規形態がどのように進化するかは進化学の大きな謎の一つとして残っています。新規形態の進化を解明するには、新規形態がどのような遺伝子系によって制御されているかを明らかにする必要があります。また、進化学的に興味深い新規形質を持った非モデル生物をどのように研究していくかは今後の発生進化学の大きな課題です。中山北斗氏はアスパラガス属の種を用いて遺伝子発現解析を行う系を確立し、新規形態進化研究を可能にしました。アスパラガス属の植物の中には、葉状化した枝(仮葉枝)を持つ種がありますが、中山氏は、葉形成に関わる遺伝子が側枝になる組織で発現することによって、側枝が葉状になっていることを明らかにしました。また、これら葉形成に関わる遺伝子の発現場所が変化することによって属内における仮葉枝の形態多様性が産み出されていることも明らかにしました。この研究成果は、今後、アスパラガス属内でどのように形態が進化してきたかを研究する基礎となる成果だと大きく評価できます。また、これらの形態は環境に適応して進化してきたと推定されますので、環境適応と形態進化の遺伝子レベルでの関連を研究する糸口になることも期待できます。さらに、中山氏は成長過程で環境に応じて形態を変化させる植物を通じて、環境適応と形態進化の研究を進めようと考え、アスパラガス属に加えて、シロイヌナズナ近縁種であるニューベキアを用いた研究を共同研究として開始しており今後の成果を大いに期待したいと思います。

三井 裕樹 (東京農業大学 農学部 バイオセラピー学科)
「渓流環境における生態的種分化の多面的な解析による検証」
 陸上植物の種分化過程の研究において、渓流沿い植物種(渓流種)は興味深い研究モデルの1つです。すなわち、林床に生育する種(林床種)から、狭葉化などの適応的な形態進化を経て渓流種へ種分化するという現象は比較的頻繁にしかも短期間に起こったと考えられ、これまでにもさまざまな研究手法により検証が試みられてきました。三井裕樹氏の研究は、この渓流種の進化過程の解析において、分子系統解析や遺伝子マーカーを用いた集団遺伝学的なアプローチから大きな進展をもたらしたものとして高く評価できます。具体的には東アジアにおけるモミジハグマ属の種の分子系統解析から、中国南東部や琉球列島各地に分布する渓流種は多系統で、各地の渓流種はそれぞれ隣接して分布する林床種から独立して、比較的短期間に分化したことを検証しました。また、屋久島固有の渓流種ホソバハグマと林床生の姉妹種キッコウハグマは異なる洪水・光環境に適応することで、渓流—林床という異なる環境で住み分けており、このことが生殖隔離の要因となっていることを明らかにしました。また、沖縄本島や屋久島におけるハグマ類の渓流種の種分化が1-2万年前と推定されることから、洪水や光強度の変化などの渓流沿いにおける著しい自然選択圧が短期間の適応放散をもたらしたと考察しています。今後は渓流沿いへの進出における狭葉化という形態変化を遺伝子レベルでとらえることを含め、その種分化過程の解明をさらに進めることが期待されます。


〈特別賞〉
 本賞は植物科学や日本植物学会の発展に貢献した個人または団体を、活動の形や、活動する分野、年齢を問わず、広い視野から顕彰し、様々な方面から植物科学の活性化を図ることを目的としています。今年度は、「技術」分野で1件、「教育」分野で2件、「その他」の分野で2件の推薦がありました。これら選考対象者について各選考委員による書面審査を行った後、その集計結果を基にして、選考委員会で合議による審査を行いました。その結果、阿部知子氏に特別賞(技術)、園池公毅氏に特別賞(教育)を、そして梶田忠、米倉浩司の両氏と、Dedy Darnaedi氏に特別賞(その他)を授与することを決定しました。

<特別賞・技術>
阿部 知子 (理化学研究所 仁科加速器研究センター)
「高速重イオンビーム照射による植物の変異誘発技術の開発と普及」
 突然変異の誘起技法は、作物の育種、特に分子育種を行ううえで重要です。一般に、化学的変異誘起法では塩基置換を引き起こしますが、いわば「広く浅く」塩基置換を引き起こすため、注目した表現型の原因となった変異のほかにも表現型を示さない多くの(サイレントな)変異が誘起されています。これに対して、炭素や鉄などのイオンを加速した重イオンビームを用いた変異誘起法では、DNA鎖の切断が主なものであり、塩基の欠失や染色体の再編成が誘起されます。用いるイオンの種類とエネルギー、およびビーム強度を調節することにより、遺伝子1つの範囲で欠失を引き起こすことも理論的には可能となります。阿部知子氏は、植物および微生物材料について研究を重ね、照射条件の最適化を行ってこられました。また、実際の育種に利用すべく、自ら「ユーザー会」を組織して開発した技術の普及に努めておられます。こうして得られた研究の成果は、100報を超える原著論文と50報を超える総説として発表しているのみならず、植物22品種、酵母2株の開発に結びついています。このような照射施設ではがん治療のための照射が主要な研究対象である中、阿部氏は照射装置の使用時間の確保、あるいは照射エネルギーの調節のための装置の開発など、多方面で惜しみない努力を積み重ねておられます。阿部氏の開発した技術は、遺伝子機能を同定するための基礎研究にも、また品種改良のための応用研究にも大きく貢献するものであり、日本植物学会の特別賞としてふさわしいものと判断しました。

<特別賞・教育>
園池 公毅 (早稲田大学教育・総合科学学術院)
「光合成に関する啓蒙活動」特別賞・教育
 園池 公毅氏は、最新の研究や、一般の人の素朴な好奇心を満たすような研究に関するわかりやすい解説が、科学に対する一般社会の理解を増進させ、ひいては「仕分け」に代表されるような基礎科学に対する逆風の防波堤となるものであるとの考えから、一般向けの啓蒙書、中学・高校の検定教科書、大学レベル以上の教科書、辞典、日本語解説記事等を精力的に執筆しています。また、啓蒙の対象は一般の人には限りません。
 植物生理分野の方ならば、誰でも PAMの測定とデータ解釈について学ばれたことがあると思います。しかし、多くの解説書は難解であり、理解できずに挫折された方もおおいでしょう。そういう場合、ぜひ、園池氏のホームページ「光合成の森」をご覧になるとよいと思います。PAMに関するホームページ解説のほかにも、園池氏は PAM実験教室の開催や、出張実験をおこなってこられました。これらの啓蒙活動に対し、今回、植物学会特別賞・教育をお送りすることになりました。大学の先生なら誰でも啓蒙活動はミッションの一つと考えられますが、わかりやすさ、丁寧さ、そして学んだ人の感謝の気持ちを推しはかると、特別賞に値する貢献であるとおもいます。

<特別賞・その他>
梶田 忠  (千葉大学 院 理学研究科)
米倉 浩司 (東北大学植物園)     
「植物和名−学名インデックス YList の作成と公開」
 生物学において「学名」は、特定の生物を共通に認識するために必要です。しかし、学名は研究の進展によって変化します。従って、どのような学名が現在最も妥当かをまとめたリストを作るとともに、それを常時更新していくことが必要です。ただ、これまでの図鑑や植物誌は印刷媒体で作られてきたため、学名を更新するのに時間がかかり、古い学名が流布するという問題がありました。また、国内では和名が用いられますが、和名と学名の対応についても、同様の問題が生じていました。米倉浩司氏と梶田忠氏は、インターネット上に「植物和名—学名インデックス Ylist(http://bean.bio.chiba-u.jp/ylisthttp://ylist.info)という陸上植物の和名と学名の対応関係および文献情報を網羅したデータベースを作成し、この問題を解決しました。現在、このリストは植物分類学の専門家だけではなく、地方植物誌や環境アセスメントにおける植物リスト作成に必須のものとして、1日約5000件もの高頻度で利用されています。このデータベースは「施設に保存されている研究用植物のデータベース(BG Plants)」(科研費補助事業:最終年度2004年)で構築された「BG Plants 和名-学名インデックス」を補助事業終了後、両氏が発展させたものです。学名データベースは更新されなくては意味がありません。また、学名の更新は専門的知識が必要であり、研究者でなければできません。同事業終了後、データベースを格段に汎用性の高い形に改良し、継続的に更新してきたことは、植物科学の進展のみならず、植物科学の成果の利用において大きな貢献であり、植物学会特別賞として相応しいものとして高く評価致します。

<特別賞・その他>
Dedy Darnaedi(インドネシア科学院生物学研究所ボゴール標本館)
「インドネシアにおけるフロラ研究とそれに関するインドネシア=日本間の共同研究の推進」
 国際学術調査には、現地研究者との連携が必要です。インドネシアを母国とするDedy Darnaedy氏は、国費留学生として東京大学理学部附属植物園で博士の学位を取得後インドネシアに帰国し、25年近くにわたり日本とインドネシアの国際共同研究を推進し、同国の熱帯林を中心とした植物相解明、シダ植物やカワゴケソウなどの熱帯植物の植物学的研究に大きく貢献しました。そして、インドネシア科学院の部門長、部局長、植物園長、研究所長を歴任する過程で、多様性ホットスポットであるインドネシア熱帯多雨林の調査と保全を日本との国際交流を交えて政策面から大きく進展させました。インドネシア各地の熱帯多雨林において植物相を明らかにすることで、その重要性を具体的に示し、保護区の設定を働きかけるとともに、世界自然遺産への登録を推進してきました。さらに、若手インドネシア研究者を調査に同行させることにより、次世代の研究者育成に貢献するとともに、インドネシアと日本の持続的交流の礎を築きました。Darnaedy氏の活動は、学術的貢献はもとより、国際共同研究が互いの利益になるという理想的なモデルです。Darnaedy氏は、今後も、国際共同研究を通して、インドネシアの植物多様性解明に取り組むとともに、人類にとって欠くことに出来ない熱帯林多様性保全のために、その重要性を一般社会、政策決定者に、国際共同研究を通して訴えていくことを目指しています。これまでの活動とともに、今後の活動を支援するうえで、植物学会特別賞授賞が相応しいものとして高く評価されました。


2013年度日本植物学会賞選考委員会
今市涼子(委員長)、荒木崇、石田健一郎、射場厚、可知直毅、川井浩史、杉本慶子、内藤哲、西田生郎、長谷部光泰

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