半ズボンで野原を走り回っていたあの頃,タンポポの冠毛のついた果実が怖かった。「耳に入ると聞こえなくなる」からだ。どうしてこのような嘘がまことしやかに囁かれていたのか?おかげで,肩と手で両耳をふさぐ奇妙な姿勢でしか,冠毛を吹き飛ばせなかった(左肩で左耳をふさぎつつ,左肘内側を頭頂に添わせ,左手のひらで右耳をふさぐ。タンポポは右手で口の前に構える)。
白くて美しく完璧な球形を,勢いよく吹き飛ばす。瞬間,無数の冠毛が空中を散り散りばらばら。まぶしい青空を背景に,ふわふわと浮遊する落下傘を見つめて,子供心に不思議な満足感を覚えた。
この果実群が,花火のように球形に展開するのは,花を終えてから,おおよそ3週間後である。花が終わると頭花は固く閉じ,頭花ごと花茎が,寝るように地面に倒れる。果実が成熟する頃に,花茎は再び起きあがり著しく伸長する。そのあとだ。閉じていた頭花から冠毛たちが劇的に展開するのは。今回のケースでは朝8時から11時の3時間で展開した。
結果,白い花火が開く位置は,黄色い花火の位置よりかなり高くなる。花火が美しい球形を保っているのは,一陣の風が吹くまでの,ほんのいっときである。そう,はかなさも植物の美の一部なのだ。
第5回配信(2006年7月1日)「タンポポの一種」
Dynamic Behaviors of Silent Plants
静なる草木たちの躍動
キク科 タンポポの一種 Taraxacum sp. (Asteraceae)
白い花火:タンポポ果実
撮影地: 岐阜県山県市
撮影期間: 2006年5月4~25日
撮影・編集条件: 野外連続撮影