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年頭にあたって

[お知らせ]  2007年1月 1日

日本植物学会会長 和田正三

 あらたまの年の始めのお喜びを申し上げます.
 皆様には良いお年をお迎えのこと存じます.年の初めに自らの過去を顧みて,「日本の植物科学のレベルを上げるには」をテーマに考えてみました.
 最初から自分の無能さを曝け出すことになるのだが,小生にとって,語学のハンディキャップはトラウマである.国際会議に出席する度に感じるのが語学力の無さで,英語で発表しなければならない自分の出番直前には,ドキドキし,喉が乾いて何回も水を飲んだり,準備不足の時には逃げ出したくなるときすらある.一方外国人はと言うと,制限時間内にどれだけ話ができるかを競っているかのように,よく知っている友人でも,普段は聞いたことがないほどの猛スピードで発表する.その時の小生は,彼らの発表を理解しようと集中すればするほど,緊張のあまりか,内容が分からないためか,脳ミソがカンカチになって眠くなり,最終的には何が結論だったのかが分からない,という惨めな状況に陥る.小生のように長期間の海外留学の経験のない研究者は結構多いと思うので,英語の講演の全てを理解している日本人がどれだけいるのだろう,と訝しく思うことがある.もちろんこれは,語学力がない自分自身の状況を基準にして考えるからで,本当のところは小生だけが分かっていないのかも知れない.研究者仲間の理解力,語学力を自分と同等と考えているところに問題があるかも知れないが,平均的な日本人研究者の英語力が小生より上だとも思えない.今後の議論は小生を基準に考えることを許していただこう.
 小生の英語力は自分の研究分野なら辞書も引かずに何とか内容を理解できるが,新聞を読むほどの単語力は無い.実験結果を発表する話術はあっても,日常の話題に花を咲かせるほどの力は無い.しかしこの多くの問題が単語力と慣れの問題である.国際会議でも,あらかじめ発表内容を知っていれば猛スピードの彼らの内容も比較的簡単に理解ができるのだろう.ということはその分野の十分な知識さえあれば,それほど難しくない,ということである.とすれば,訓練さえすれば,日本の多くの研究者でも,国際会議での講演内容を十分理解できるようになるはずである.小生には残念ながら遅すぎた話ではあるが,大学院時代に十分な語学を学び,知識を詰め込み,その基礎学力に則って論文を読み,講演を聴けば,多少の英語力の無さも乗り越えて理解が可能であろう.
  話は変わるが,ここのところ実験の良いアイデアは浮かばないし,投稿した論文も立て続けにdeclineになるなど,良いことがない.いわゆるスランプと言って良いかも知れない.小生はシダの配偶体を材料に光生物学的な研究を続けて来た.シロイヌナズナを使った光生物学の王道を歩くのではなく,人には出来そうにないアイデアと,小細工で何とか光形態形成の一角を守って来た.この何年かは若い諸君の助けとアイデアに支えられてシロイヌナズナの突然変異体を使って分子生物学的な研究も始め,それなりの仕事をして来た.しかし明らかになった遺伝子と,そのタンパク質の機能解析に至って,全くアイデアが無くなった.突然変異株を選抜し,遺伝子のクローニングをし,そのタンパク質の組織特異的発現を調べ,細胞内分布を明らかにしたところで,我々の仕事の進展は急激に遅くなった.分子生物学のお定りの方法でお定りの結果を得るところまでは良いが,明らかになったタンパク質が新規の物であればあるほど,そのタンパク質の機能を調べなければならなくなった途端に,どうして良いのか分からなくなってしまった.タンパク質のリン酸化を見れば何かが分かるのか.酵母のtwo hybrid法によって相手のタンパク質を探せば良いのか,既知のドメイン機能を調べれば良いのか,ここからが我々独自のアイデアの見せ場であるというのに.なぜこうも無策なのだろう.
 自分の才能の無さはさて置き,考えられる問題点は,学生時代から生理学を中心に実験を続けて来たために生化学的・分子生物学的な知識がないこと,忙しさにかまけて最近の論文を読んでいないために新たな方法も考え方も浮かんで来ないこと,学生やポスドクの諸君と十分に議論する時間的余裕もないこと,などである.特に新しいアイデアのためには,他分野を含めた最近の状況を十分把握している必要があるが,そのアンテナがないことだ.
 小生とは正反対に,英語が堪能で,十分な研究費をもらって世界的研究業績をあげている植物学者が日本には少なくとも5-6人はいるだろう.それだけいれば,世界に対してアピールするには十分である,という考えもあろう.しかし日本の植物科学全体のレベルアップには,大多数を占める平均的研究者全体のレベルアップこそが必要だ.それには具体的にどうすれば良いのだろうか.研究費,スペース,周辺機器など外部環境の充実も重要だが,その前に,研究者自体の改造が必須である.「猫に小判」では困るのである.自分自身の大学院生時代の勉強,教授になってからの大学院生への教育を顧みると,あまりにも学ばなかったし,指導をしなかった,というのが正直なところである.もっと勉強しなければならなかったし,もっと強く指導するべきだった.安倍首相の政策の一つは教育改革だが,これは大学の学部教育,大学院教育にも必要だ.
 後悔をしても遅いのだが,小生が若い頃に何故もっと勉強をしなかったのか? 原因は自分自身の中に幾つもあるのだが,一つには外圧,すなわち外からの強制力が小さかったからだろう.例えば,語学も実用英語にはほど遠いシエークスピアを読まされ,単位さえとれば「可」でも許された.教養のためには,それで良いのだろうが,現代の我々にはどうしても実用的,実戦的な語学教育が必要だ.教育体制を整えた上で,一定レベルに達成しなければ卒業させないとなれば,小生ももっと語学力が身に付いていたに違いない.
 大学院時代,我々は実験をするのがおもしろくて,土日返上で朝から晩まで実験をしていた.今までに誰も知らなかった新事実が見つかれば,さらにおもしろくなって実験をし,論文を書かせてもらった.最初の論文が印刷になったときには,大変嬉しかったのを覚えている.指導教官の古谷雅樹先生から,「literature survey が重要だ」と言われ,新着雑誌の中で読む論文はと言えば,自分の分野の競争相手の物がほとんどであった.お陰さまで毎年論文を書くことはできたが,今思うと,実験を少し差し控えてでも,もっと語学の勉強と幅広い他分野の勉強をするべきだったのだろう.今となっては「後の祭り」ではあるが.
 小生の数少ない経験・見聞から推察して,日本の植物科学の研究はほとんどが大学院生の働きに負っていると思われる.「ポスドク1万人計画」で研究の中心はポスドクに移ろうとしているのかも知れないが,平均的にはまだまだ大学院生の労働に頼っているのが現状だろう.研究室の年間の発表論文数が問題にされる昨今では,大学院生への期待は大きい.その結果大学院生は昼夜兼行で実験をしてデータを出すことになる.自ずと勉強をする時間は少なくなり,ドクター論文は書いたが,知識の浅薄な,語学力も不足したドクターとして卒業して行く.これでは小生がたどって来た道と同じではないか.これでは日本の植物科学の先行きは決して明るくはない.
 そこで提案だが,たとえ一時的には日本から発信される業績が少し減少したとしても,我々は将来の日本の植物科学の発展を見据えて,大学院教育に対する考え方を変えなければならないのではないか.まず徹底的に語学を習得させ,誰もがnative speaker と同等なスピードと理解力を備えた英語力を向上させ,世界の仲間と公衆の面前で十分な議論を出来るようになる必要がある.そのためには,語学力に加えて,論戦を張るに足るだけの知識を持っていなければならないので,幅広い知識の修得が要求される.もちろんそれにはそれ相応の勉強のために,かなりの時間を必要とするだろう.教育体制の改善,大学全体の機構改革が必須である.それにしてもscienceの分野では,日本人として生まれてしまったハンディキャップは大きい.
 問題は,研究の主力を大学院生の労働力に頼っている日本の現状である.現在のscienceの進みの速さを考えれば,研究の主力は知識と技術を既修のポスドクでなければ世界に通用しない.知識・技術の未熟な大学院生をデータ作りの労働者として使っていたのでは,研究の進みも遅いし大学院生は勉強できないし,「アブ蜂採らず」になってしまう.もちろん大学院生は実験をしてデータをだし,修士論文や,博士論文を書かなければならないので,そのためには十分な実験をする必要があり,そのための時間は膨大になる.その上で,高度な語学力と他分野の知識を身につけなければならないのだから,彼らへの負担は相当なものになろう.しかし将来の日本の科学の発展のためには,また本人の将来の科学者としての成功のためにも頑張ってもらわなければならない.一方教員側は,如何に効率的に実験をし,学力を付けるかを指導しなければならないし,ポスドクを中心とする研究環境を整えるために,ポスドク制度の増強,そのための人件費を増大するような科研費制度の改善,研究支援体制の充実など,諸問題を政府へ働きかけなければならないし,身近なところでは大学内の機構改革,教育体制の改革などに,積極的に取り組んで行かなければならい.
 年を取ってから後悔をして,幾ら語学の勉強をしても,その記憶能力には限界があり,効果は薄い.一生使える語学や科学における基礎知識は,20歳代の若い時に何とか叩き込んでしまわなければならない.そうすれば,その後の進路は間違いなくバラ色だろう.

先憂後楽! 若者よ,バラ色の将来を見据えて勉強をしよう.
年寄りは,日本の科学の発展のために機構改革に邁進しよう.

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