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駒嶺穆先生の逝去を悼んで

[お知らせ]  2011年8月15日

竹内 裕一
東海大学生物理工学部生物工学科                       
 
 本学会の名誉会員で、元学会会長の駒嶺穆(こまみねあつし)先生は、去る7月6日午後3時32分、永眠されました。先生におかれましては、今年の3月頃から癌により体調を崩され、5月から入院・療養されていましたが、薬石の効なく、ご家族に見守られる中、旅立たれました。享年82歳。現在の平均年齢から考えれば早すぎるお別れですが、生前自ら言われていたとおり、「生涯現役」を貫かれた一生でした。先生の葬儀には、800人ほどの教え子、大学関係者が参列され、多くの方々が先生への感謝の気持ちを口にされる中、お見送りをすることができました。葬儀の次第は先生が生前事細かく指示されたもので、最後までディレクターを務められたことが先生らしいと思われます。
 駒嶺先生は、本学会の常任評議委員、会長を務められただけでなく、東北大学在職時には東北支部会の活性化に大きく貢献されました。東京大学、東北大学、日本女子大学、東京農業大学では多くの学生を指導され、卒業研究の指導をされた学部生を含めると、教え子は約300人にも及びます。また、進化生物学研究所理事、横浜市立大学木原生物学研究所所長を始め多くの役職を務められるとともに、多くの学術誌の編集、国際学会の開催にも携われるという、文字通りわが国の植物科学を牽引されてきました。これらのご功績に対し、2006年には本学会から植物学大賞が贈られています。
 先生の研究は、植物生理学、植物細胞分子生物学の分野において、組織・細胞培養の手法を導入し、植物細胞のさまざまな現象を素過程に分け、解析を進めていくというものでした。現象を解明したいのならどのような実験系が適しているのか、もし適当な実験系がないのなら新しい実験系を作りなさいという指導をされました。その成果が、国際的にも知られている多くの研究成果に結びつき、海外からも多くの研究者が先生の研究室を訪れ指導を受けました。私が先生の指導を受けた中で印象的だったのは、論文を書いて持っていくと、どんなに忙しくても数日後には真っ赤になって戻ってきたことです。いろいろなお仕事をされる中、学生のことを最優先に考えるという先生の姿勢が多くの門下生を集めることになったと思います。
 先生は病状の悪化する中、亡くなられる10日前の6月26日には、奇跡的回復を見せ、先生の誕生日を祝う教え子たちの会に出席され、最後の笑顔を見せてくださいました。医師との約束の時間を大幅に超過し、最後退室される時、車椅子の上から出席者に手を振り、「みんなありがとう」とおっしゃっていただいたことが強く印象として残っています。教え子を始め生前お世話になった者が先生に感謝の気持ちを持つだけでなく、先生もまた周囲の人々に感謝の気持ちを持たれていたこと、余命を縮めると分かっていながらそのお気持ちをわれわれに伝えていただいたことに深く感銘を受けました。
 先生が東北大学に単身赴任されていた頃仙台に遊びに行くと、海外出張が多く飛行機ばかり乗っている、「flying professor」だよと笑われていました。われわれが先生にお世話になれたのも、先生の「わがまま」を許してくださった奥様を始めとするご家族の理解のおかげだと思います。この場をお借りして、ご遺族に御礼を申し上げたいと思います。
 駒嶺先生のように研究、教育、社会貢献の分野で多くの成果を残すことは、どんなに望んでもできないことに思われます。後進のわれわれにできることは、それぞれの場所で先生から教えていただいたことを少しでも伝えていくことでしょう。先生の葬儀に参列させていただき、勇気をいただいたように思えます。
駒嶺先生、長い間ありがとうございました。安らかにお休みください。

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