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年頭にあたって

[お知らせ]  2006年1月 3日

日本植物学会会長 和田正三

 あらたまの年の始めのお喜びを申し上げます.皆様には良いお年をお迎えのこと存じます.

 何時の頃からか生物科学ニュース1月号のB 版に植物学会会長が年頭の挨拶を書くことになっているようですが,これは会長として「植物科学のあり方」,「植物学会の将来」などをゆっくり考える機会を与えられてのことだろうと思います.昨年は研究費に関する私見を述べさせていただきましたが,今年は良い研究はどうすればできるのか,をテーマに考えてみたいと思います.

 私の研究室で博士課程を修了した後ポストドクとして海外に行き,筆頭著者として立て続けにNature とScience に論文を書いた人がいます.国内でもそれなりの良い仕事をしていた人ですから,別に不思議ではありませんが,良くある話として,日本の若手がポストドクとして海外に行くと日本国内で行っていたよりも際立って良い仕事をする場合があります.

 なぜ海外に行くとよい研究ができるのでしょうか.

 時間が十分あるからなのか,先生がよいのか,先生の指導が良いのか,与えられたテーマがよいのか,施設がよいのか.それとも海外という異国の地で本人がハッスルするからなのか,何れにしても何かが違っているのは確かなようです.というのも,彼らが日本に帰ってくると,海外でしていたような,目覚ましい活躍を続けられる人は少ないからです.中には海外で行っていた仕事をそのまま日本に持ち帰って,そのテーマを続ける人もいますが,それでも多くの場合海外でのレベルを持続できません.これには何か,日本の構造上,または環境上の問題,あるいは日本民族と言う祖先から受け継がれた性格やものの考え方に起因する「何か」があるに違いありません.

 私の研究分野でも,日本で世界的なレベルの研究をした(している)人は何人かいますが,アメリカの友人達のように,世界をダントツでリードし続けている人はほとんどいません.たとえ素晴らしい結果をだしてその時には快挙であっても,それはほとんどが一過的であって,継続して突走ることが出来ないのです.我々の能力が劣っているのでしょうか,研究施設が貧弱だからでしょうか,それとも研究費や人力の問題でしょうか.アメリカで他の研究者の追従を許さず,水を開けて独走を続ける研究者達が,これらのどの条件も十分に整った環境にいるのは確かでしょうが,日本国内にも同様な環境に置かれている研究者も少なくはありません.昔は別として現在では,アメリカの平均的な研究者よりもずっと良い研究環境,研究条件にいる日本の研究者は多いと思います.とすれば,問題はハード面よりもソフト面の問題だろうと思われます.

 ポストドクとして中国からアメリカに渡り,今では若くしてイエール大学の教授となり,世界を大きくリードしているXing-Wang Deng 教授が,かつて我々がシダ植物の中に,フィトクロムとフォトトロピンの融合したキメラ光受容体(phytochrome3 = phy3)を発見したときに言ったものです.「なぜ研究室のすべてをその光受容体の解明に投入しないのか」と.チャンスと見たら全てをそれに投資するという,乗るか反るかの賭けをするようなものかも知れませんが,その位の勇気と集中力が無い限り,世界をリードし続けることはできない,ということなのでしょう.当時phy3 はたった一人の院生がやっていただけでした.その結果は大魚を釣り落とした形となりました.今にして思えば研究室を挙げて取り組んでいれば,少なくとも数人を投入していれば,我々は世界で最初にフォトトロピンの配列を見つけ,さらに我々がフォトトロピンの最初の発見者になっていたかも知れません.Deng 教授はポストドクの時に見つけたCOP(constitutive photomorphogenic)で世界の頂点に立ちました.

 私の様な古い理学系の人間には,研究室のメンバー全員を一つのタンパク質に集中させる戦略が取れるような教育を受けて来ていません.science は個人の興味に従って,本当に面白そうなことをコツコツやればよい,という古い学者のイメージが拭いきれません.従って,たとえ研究室の一人が大発見をしたとしても他のテーマで研究している院生までもテーマを変えさせて一局集中型の体制にすることはできません.ましてやポストドク中心の研究所の場合は可能でしょうが,大学院生中心の研究室では,それぞれ院生の将来も掛かっていますから途中でテーマを変えることは非常に危険です.大学でも必要に応じてすぐにでもポストドクを雇用できる研究費面での体制を強化するべきだと思います.

 大発見の種を見つけても,その種を大きく育てるには,最適な環境と十分な世話が必要です.どのように世話をすべきかは,研究の方向性,方法を含めた戦略などであり,研究室のボスが責任を持って決めて行く必要があります.もちろん常に仕事の方向性,進捗状況をモニターし,修正を加えながら進めて行かなければ成りません.さてここまで書いてきて自分自身の来た道を振り返り,責任と自信をもってそれだけの大役を果たして来たかというと,全くそうは言えません.私には最新の知識を学び,最新の技術を習得し,先を見通し,先導して行くだけの素地がないからです.

 その原因は何か.もちろんその一つは自分自身の能力の低さではありますが,これは勉強すればある程度カバーできるとして,最も大きな問題は,勉強をしたり,ゆっくり構想を練ったり,院生やポストドクととことん議論をする時間がほとんど無い,忙しい現実です.英語のハンデキャップもありますが,それにしても時間がないのが最も大きな原因でしょう.

 世間では「大学の教授」というと,「それはお暇でうらやましい」,といわれることが良くありますが,何人かが集まる会議を計画しても全員が可能な日はほとんど無いのが現実で,昨今の研究者は研究以外のことにあまりにも忙しすぎます.これでは素晴らしいscience をする余裕等は全くありません.ノーベル賞の受賞者の多くが失敗に基づく偶然の結果を物にした,というのは良く聞く話ですが,実験ができなければ失敗すらできないのです.院生やポストドクの(故意でなくとも)間違った結果や結論を見抜く余裕さえありません.

 日本のscience が今ひとつ抜きん出られないのは,施設,設備,床面積,研究費,人力,などのハード面での環境の問題も多少はあるでしょうが,最も致命的なのは,研究者がscience 以外のことにあまりにも多くの時間を費やしていることだと思います.性善説の立場に立って,今すぐにでも止められる無駄な書類書きは止めよう.教室主任や所長を信用してすべての決定権を任せてしまおう.学者には十分な研究時間を与えてもらおう.かつてのヨーロッパの王様に雇われていた芸術家達のように,生活は安定し,好きな芸術だけに専念していれば,良い作品が生まれてくるのは当然でしょう.一方で学者は本当に面白い,本当に重要そうな課題を追いかけることが必要で,中期計画という目先のゴールを目指して,鼻の先に吊るされた人参を追い駈ける馬のような状態で研究をしていてはいけません.それでは世界を大きくリードするような結果が得られるとは思えないのです.

 それでは重要な研究,面白い結果とはどのようなものなのでしょうか.木を研究する場合,茎や根を扱う「根幹」の研究は「根本的な」研究であって,枝や葉の研究は文字通り「枝葉末節」な程度の低い研究なのでしょうか.日本には古来,このような表現法がありますが,根の研究は枝葉の研究より重要なのでしょうか.葉がない植物は光合成ができず,死に至ることは明白です.根が無ければ吸水ができず,これも植物は生きて行けません.葉と根を結ぶ茎や枝が無ければ植物自体が成り立ちません.すなわちどこの部分の研究もその重要性は同等で優劣はつけられません.問題はそれぞれの部分の研究が木という全体像にとってどのように重要な意味をもっているかを考えるところにあります.アメリカ人やアメリカ在住の研究者達は論文のIntroduction を長々と書く傾向があると思います.単に英語が自由に書けるからだけでは無く,ここで自分たちの研究が生物学上,応用上すなわち人間社会にとって如何に重要か,その意味を強烈に印象づけたい,という現れかと思います.一方我々はとかく,根の研究,オルガネラの研究などと,研究対象を近視眼的にしか見ておらず,論文のIntroduction にも,自分の研究が植物全体にとって,また社会にとってどのような役目を担っている重要なものかを書くのを忘れがちです.我々は自分の守備範囲の研究が,植物学,ひいては生物学全体にとってどのような意味が有るかを常に考えていなければならないでしょう.一つの論文を完成させるとき,その研究の生物学全体にとっての意味を訴えられるデータを一つでも加えて,大きな観点でその研究の意味付けをDiscussion に書く必要があると思います.そうすることでその研究の価値は格段に強化され,その結果はよりランクの高い雑誌に掲載されることになるでしょう.とかく我々は大所高所から自分の研究とその意味を考えることを忘れがちです.出来ることなら,研究を始める前に,その研究と予想される結果が意味するところを十分に吟味し,常にそのことを頭に描きながら実験を進めて行くことが必要でしょう.

 学問には自由を,学者には時間を,研究にはその意味を.

 年頭から暗い話で申し訳ありませんが,今年そこ,パーッと明るい話題とディープインパクトのようなダントツな業績を期待しましょう.

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