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瀧本敦先生の逝去を悼んで

2020年12月 9日

新潟大学名誉教授 竹能清俊

 本学会名誉会員、瀧本敦先生は2020103逝去されました。93歳でした。一年ほど前に間質性肺炎を患い、再発を繰り返して、9月に入院したものの帰宅を希望され、ご自宅で亡くなられたとのことです。謹んでご冥福をお祈りいたします。
 瀧本先生は山口県岩国市でお生まれになり、京都大学農学部農林生物学科を卒業され、教授として定年退官されるまで一貫して出身講座の教官として研究、教育に当たられました。先生は本学会の発展に大きな貢献をされただけでなく、日本植物生理学会でも会長、学会誌編集長等を歴任し、同学会功績賞を受賞され、その名誉会員でもあります
 筆者は瀧本門下ではありませんが、先生の弟弟子にあたる和田清美先生(静岡大学、故人)の研究室でアサガオの花成を卒業論文のテーマとしたので、瀧本先生のことは早くからよく存じ上げていました。院生になって学会に出席するようになると、重鎮の先生がたと談笑されているのを遠くから眺め、「ああ、あれが瀧本先生・・・・」と、雲の上の人を見る思いでした。後に、学会で花成研究について発表を行うようになると、親しく声を掛けていただけるようになり、研究者として認められたのだと誇らしく思ったものでした。このように、先生はご自分の弟子でなくても若い者に気軽に声を掛け、研究内容について親身に議論をしてくださいました。このたび門下生ではない筆者が先生の追悼文を書く機会を与えられたのも、そのような先生の寛容さを示す証のように思われます。
 先生の研究業績の最大のものは何と言っても花成生理学の基盤を築かれたことです。京都大学農学部で今村駿一郎教授の下で研究を始められた先生は、教授と共に主にアサガオを材料とした論文を1950代半ば頃から矢継ぎ早に発表し、アサガオの花成だけに限っても少なくとも60篇余の論文を書かれ、今日でも必須知識とするべき花成現象の全体像を明らかにしてこられました。光周反応性、計時機構、光受容、花成刺激の生産と移動等々。これらの生理学的解析結果との間に機能、発現条件、発現部位、発現時期等の整合性があることが確かめられて初めて、後の遺伝子制御の研究も意味のあるものとなり得たのです。花成研究の方法論も時代と共に変遷して来ましたが、先生の築かれた生理学基盤は忘れてはならないものです。また、この過程で確立されたアサガオ系統ムラサキの実験系はその後、今日に至るまで、世界中の研究者が使うようになりました。シロイヌナズナではコロンビア系統が標準的な研究材料であるように、アサガオと言えばムラサキが基準となる材料となったのです。研究生活の後半ではアオウキクサやイボウキクサ等のウキクサ類も研究対象とされ、これらでも花成について多くの知見を集積されました。先生が使われたウキクサ類の標準的な系統も今日しっかりと維持されています。 
 先生の著書の一つに定年退官後に書かれた『花を咲かせるものは何か 花成ホルモンを求めて』(中公新書、1998年刊)があります。先生から頂いた献呈本は大事にしまっておき、もう一冊自費で買ったものを徹底的に読み込みました。他の本ではやることのない書き込みをし、ページがばらばらになるまで読みました。新書ですから一般向けの本の体裁で書かれていますが、先生がやり残し、後進に解決を期待する未解決の問題がたくさん書かれており、研究者が読むべき本です。書名の副題にあるように、本書の主要テーマは「花成ホルモン」ですが、その前提として花成反応の生理学的知見が詳しく書かれています。今日、研究者であっても光周反応を正しく理解できていない人が散見され、専門書も生理学的な基盤の著述が疎かにされているものが増えている気がします。その意味でも研究者にこそ読んで欲しい本です。
 花成ホルモンとは1930年代半ばにソビエト連邦(当時)のチャイラヒアンが「花を咲かせるもの」として提案した仮想物質で、植物学における最も興味ある課題の一つとして世界中の多くの植物学者、化学者を虜にしてきましたが、仮説の提案以来ほぼ70年もの間未解決で、幻のホルモンと呼ばれてきたものです。瀧本先生もその虜の一人で、多くの試みをされました。その当時の様子が本書に詳しく書かれており、科学史としても興味深く、また、先生の研究者としての執念を思い知らされる点で若い人たちの手本となる書でもあります。先生の現役中に花成ホルモンの問題は解決されず、将来の研究方向として執筆当時主流となってきた分子生物学的な手法の適用も書中で提案されています。今では、花成ホルモンは遺伝子FLOWERING LOCUS T (FT)のタンパク質と同定され、研究が一段落しています。花成ホルモン研究が急展開したのは2005年にFTの産物(mRNAまたはタンパク質)だとする3篇の論文がScienceにほぼ同時に発表されたときでした(うち1篇は後に撤回されました)。それまで多くの研究者が植物ホルモン様の物質を想定していたのに対して意外な結果であったために世界中が騒然となり、花成研究の国際組織International Working Group of Floweringの機関誌Flowering Newsletterは主だった花成研究者に意見を求めて誌上フォーラムを企画しました。日本からは当然のこととして瀧本先生に書いていただくべくお願いしたところ、「君が書いたらいい」と言われてしまい、先生のお考えを伺う機を逸してしまいました。その後もこの件でお話を伺う機会を持てず、心残りの一つとなっています。アサガオ研究者の間でアサガオのモノグラフを作ろうという企画があり、すでに先生にはアサガオ花成研究の回顧録的な原稿を書いて頂いています。先生の絶筆ということになるかもしれません。この企画が予定通り進めば、先生ご自身の言葉で当時の様子を聞かせていただけるかと思います。
 いつのことでしたか、冬の最中でしたが、京都での研究会の折りに同席させていただいた懇親会がお開きになった後、コートなどは着ないのだと仰って、ちょっと気障に巻き付けたマフラーを靡かせて、それこそ肩で風を切るように京の夜の街を闊歩された姿をよく覚えています。そんな元気なお姿も今は遠いものとなり、一つの時代が終わってしまったような気がします。ご冥福を祈るばかりです。
 
 


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