2013年01月号 (Vol.126 No.1)
2012年のJournal of Plant Researchを振り返って
Tsukaya H (2013) On the Journal of Plant Research in the Year 2012. J Plant Res 126:1-22012年には、植物学会は公益社団法人として新しいスタートを切った。それに伴うJournal of Plant Re-search 編集体制の変化について、また過去最高値を記録したImpact Factor(1.746)について報告するとともに、2012年度のJournal of Plant Research 論文賞受賞論文3本について紹介した。(p.1-2)
"ハウスキーピング遺伝子"はどのようにして形態形成を制御するのか?----ハウスキーピング遺伝子が細胞・器官分化に果たす役割に関する思いがけない発見群
Tsukaya H, Byrne ME, Horiguchi G, Sugiyama M, Van Lijsebettens M, Lenhard M (2013) How do 'housekeeping' genes control organogene-sis?--unexpected new findings on the role of house-keeping genes in cell and organ differentiation. J Plant Res 126:3-15近年、いわゆるハウスキーピング遺伝子が、細胞や器官の分化に重要な役目を果たすことが知られるようになってきた。これは植物も例外ではない。2011年にMelbourneで開かれた国際植物科学会議において筆者らは、このことに関する国際シンポジウムを開き、現在の理解と将来の課題について討議した。本総説はそのシンポジウム講演者全員による総括である。(p.3-15)
キク科ヤマハハコ属の分子系統解析と北半球の生物地理
Nie Z-L, Funk V, Sun H, Deng T, Men Y, Wen J (2013) Molecular phylogeny of Anaphalis (Asteraceae, Gnaphalieae) with biogeographic implications in the Northern Hemisphere. J Plant Res 126:17-32ユーラシアに広く分布するヤマハハコ属の系統解析をITSとETS領域を用いて行なった。ヤマハハコ属は東ヒマラヤで多様化した後、東アジアや西ヒマラヤ、北米、東南アジアへ独立に分散し、各地で種分化したらしい。北米の単独種は長距離散布により起源したと考えられる。(p.17-32)
地中海沿岸に生育する亜低木種Fumana hispidula (ハンニチバナ科)の生殖において自他殖混合型交配システムが果たす役割
Carrió E, Güemes J (2013) The role of a mixed mating system in the reproduction of a Mediterranean subshrub (Fumana hispidula, Cistaceae). J Plant Res 126:33-40ハンニチバナ科のFumana hispidulaは完全な自家和合性を示し、近交弱勢も弱い。ところが送粉者が花を訪問するところが観察され、花粉制限は認められなかった。本種は自他殖混合型の交配戦略を持つと考えられ、この戦略は飛び石的な生育地を持つ本種の生殖に有利なようだ。(p.33-40)
シダ植物リュウビンタイ、ゼンマイの野生配偶体は アーバスキュラー菌根を形成する
Ogura-Tsujita Y, Sakoda A, Ebihara A, Yukawa T, Imaichi R (2013) Arbuscular mycorrhiza formation in cordate gametophytes of two ferns, Angiopteris lygodiifolia and Osmunda japonica. J Plant Res 126:41-50リュウビンタイおよびゼンマイの配偶体を野外で採集し、組織観察法および菌の分子同定法の両面から菌根の形成状況を調査した。両種とも9割以上の個体がアーバスキュラー菌根を形成しており、これらの配偶体が恒常的に菌根を形成していることが示された。(p.41-50)
ダイコンの根の細胞壁における鉛濃集体の性質
Inoue H, Fukuoka D, Tatai Y, Kamachi H, Hayatsu M, Ono M, Suzuki S (2013) Properties of lead deposits in cell walls of radish (Raphanus sativus) roots. J Plant Res 126:51-61鉛散弾を含むガラスビーズ苗床で生育したダイコン苗における鉛を分析し、根の細胞壁に多量の鉛濃集体を見出した。根から細胞壁標品を調製し、鉛濃集体の性質を調べた。鉛は細胞壁を構成するペクチンのカルボキシル基と結合しており、鉛-細胞壁複合体の安定度定数は約108であった。(p.51-61)
劣化したヒゲハリスゲ属(Kobresia)牧草地における地上植生と種子散布の関係
Shang Z-H, Yang S-H, Shi J-J, Wang Y-L, Long R-J(2013) Seed rain and its relationship with above-ground vegetation of degraded Kobresia meadows. J Plant Res 126:63-72黄河源流域の高標高地の劣化したKobresia 牧草地では、草地植生の劣化に伴って散布種子数が増加した。これは広葉雑草の種子の増加によるもので、単位面積当たりに散布されるスゲ科やイネ科の種の種子割合は減少した。劣化した草地の復元には雑草の人為的除去が重要である。(p.63-72)
アリ植物Macaranga beccariana (トウダイグサ科)の成長に伴う共生アリのバイオマスの変化
Handa C, Okubo T, Yoneyama A, Nakamura M, Sakaguchi M, Takahashi N, Okamoto M, Tanaka-Oda A, Kenzo T, Ichie T, Itioka T (2013) Change in biomass of symbiotic ants throughout the ontogeny of a myrmecophyte, Macaranga beccariana (Euphorbiaceae). J Plant Res 126:73-79アリ植物Macaranga beccarianaの地上部のバイオマス(乾重)増加に伴う、共生アリのコロニー全体のバイオマス(乾重)変化を測定した。植物の成長に伴い、共生アリの乾重は増加したが次第に頭打ちとなり、植物の乾重に対する共生アリの乾重の比は加速度的に減少した。(p.73-79)
絶滅危惧倍数体種Centaurea borjae (キク科)の保全のための遺伝学的ガイドライン
Lopez L, Barreiro R (2013) Genetic guidelines for the conservation of the endangered poly-ploidy Centaurea borjae (Asteraceae). J Plant Res 126: 81-93絶滅危惧種Centaurea borjaを適切に保全するために、小集団に分断されている集団の遺伝構造をAFLP解析で調べた。個体間の距離を80メートル以上空けて種子サンプリングすると、遺伝的多様性を最大にしての域外保全用の個体セットを確保できることが示唆された。(p.81-93)
中国南部の汚染地域における木本種の生理的応答と汚染物質の蓄積
Zhang L-L, Wang H-E, Li J, Kuang Y-W, Wen D-Z (2013) Physiological responses and accumulation of pollutants in woody species under in situ polluted condition in Southern China. J Plant Res 126:95-103中国南部のSanguigang(汚染地域)と Maofengshan(対照地域)において、環境汚染に対する木本10種の影響調査を行なった。重金属の蓄積は汚染地域で高く、特に、Schefflera octophyllaではZn、Cd、Mnが、Aporusa dioicaではPb、Litsea glutinosaではCrの蓄積が顕著であった。今回得られた結果から、これら3種は、汚染地域の土壌浄化植物として有望種であると示唆される。(p.95-103)
雌雄異株植物ヒロハノマンテマの雄蕊と雌蕊の成熟タイミング
Aonuma W, Shimizu Y, Ishii K, Fujita N, Kawano S (2013) Maturation timing of stamens and pistils in the dioecious plant Silene latifolia. J Plant Res 126:105-112雌雄異株植物ヒロハノマンテマの雄花の先熟雄蕊と後熟雄蕊は、開花1日目と2日目の深夜00:00にそれぞれ最も花粉発芽率が高くなっていた。これに対し、雌花は開花1日目の18:00から3日目の12:00まで高い発芽率を維持していた。こうした結果はヒロハノマンテマが夜間のみ送粉していることを示唆していた。(p.105-112)
微小管の安定性はゼニゴケ特有のアクチン繊維運動に影響する
Era A, Kutsuna N, Higaki T, Hasezawa S, Nakano A, Ueda T (2013) Microtubule stability affects the unique motility of F-actin in Marchantia polymorpha. J Plant Res 126:113-119苔類ゼニゴケにおいてアクチン繊維は独特の滑り運動を見せる。この運動と微小管との関係を調べるため、微小管安定化剤、または重合阻害剤処理時のアクチン繊維の見かけの滑り速度を測定した。その結果、ゼニゴケのアクチン繊維の運動に対し、微小管が何らかの抑制的な制御を行なっていることが明らかとなった。 (p.113-119)
タバコにおける低窒素条件によるシクロフィリン発現の誘導
Yang H, Xu L, Cui H, Zhong B, Liu G, Shi H (2012) Low nitrogen-induced expression of cyclophilin in Nicotiana tabacum. J Plant Res 126:121-129低窒素栄養条件と通常の窒素栄養条件で育成したタバコについて、葉の形態とタンパク質発現プロフィールを解析した。その結果、窒素条件による量的変動を示すタンパク質がいくつか見出された。その1つ、シクロフィリン様タンパク質は、低窒素条件で発現が上昇し、葉の形態形成との関連も考えられた。(p.121-129)
イネの転写因子JAmybの非生物ストレス応答における役割
Yokotani N, Ichikawa T, Kondou Y, Iwabuchi M, Matsui M, Hirochika H, Oda K (2013) Role of the rice transcription factor JAmyb in abiotic stress response. J Plant Res 126:131-139植物は環境ストレスに対する適応機構を有している。今回、シロイヌナズナに高塩耐性を付与するイネの遺伝子として、R2R3型MYB転写因子をコードするJAmybを同定した。JAmybは高塩、高浸透圧、活性酸素により発現誘導され、ストレス応答性遺伝子の発現制御に関与していることが明らかとなった。(p.131-139)
マングリン遺伝子組換えユーカリカマルドレンシスの塩耐性及び生物多様性評価試験
Yu X, Kikuchi A, Shimazaki T, Yamada A, Ozeki Y, Matsunaga E, Ebinuma H, Watanabe NK (2013) Assessment of the salt tolerance and environmental biosafety of Eucalyptus camaldulensis harboring a mangrin transgene. J Plant Res 126:141-150特定網室において36系統のマングリン遺伝子組換えユーカリ(E. camaldulensis)の塩耐性試験を行ない、7系統の耐性系統を得た。このうち5系統と耐性のない2系統について、屋外栽培申請に必要な生物多様性評価試験を実施したところ、組換え体と非組換え体との間に環境への負荷に関する有意差は認められなかった。(p.141-150)
イチゴ(Fragaria × ananassa)エクスパンシン2の炭水化物結合モジュール(CBM-FaExp2)は、細胞壁ポリサッカライドに結合し、in vitro細胞壁酵素活性を減少させる
Nardi C, Escudero C, Villarreal N, Martínez G, Civello PM (2013) The carbohydrate-binding module of Fragaria × ananassa expansin 2 (CBM-FaExp2) binds to cell wall polysaccharides and decreases cell wall enzyme activities "in vitro". J Plant Res 126:151-159オランダイチゴのエクスパンシン2の炭水化物結合モジュール(CBM-FaExp2)を大腸菌で発現させ、in vitroにおいてCBM-FaExp2が様々な細胞壁ポリサッカライド(セルロース、キシラン、ペクチン)に結合し、それらの細胞壁分解酵素の活性を減少させることを示した。(p.151-159)
ジャスモン酸類によるシロイヌナズナの胚軸伸長阻害はPhytochromeB依存的に赤色光により促進される
Chen J, Sonobe K, Ogawa N, Masuda S, Nagatani A, Kobayashi Y, Ohta H (2013) Inhibition of Arabidopsis Hypocotyl Elongation by Jasmonates 1 Is Enhanced under Red Light in Phytochrome B Dependent Manner. J Plant Res 126:161-168ジャスモン酸類は種々の植物に対して根の伸長阻害だけではなく、胚軸の伸長阻害も引き起こすことが知られている。ジャスモン酸類によるシロイヌナズナ胚軸の伸長阻害を種々の光条件下で詳細に調べた。その結果、赤色光によりPhytochromeB依存的に伸長阻害が促進されることを見出した。(p.161-168)
水分欠乏に対する初期応答遺伝子のcDNA-AFLPによる探索
Alfredo Ambrosone, Michele Di Giacomo, Antonella Leone, M. Stefania Grillo, Antonello Costa (2013) Identification of early induced genes upon water deficit in potato cell cultures by cDNA-AFLP. J Plant Res 126:169-178cDNA-AFLP法を用いて、短時間の水ポテンシャル低下処理に対するジャガイモ細胞培養系の応答を解析した。水ストレス負荷直後に見られる転写物由来配列断片を解析したところ、シャペロニン、タンパク分解および合成、活性酸素消去系のタンパク群が含まれることが明らかとなった。(p.169-178)
緑藻Dunaliella salinaの窒素欠乏下での光化学系I循環的電子伝達系と非光化学的蛍光消光の関係
Einali A, Shariati M, Sato F, Endo T (2013) Cyclic electron transport around photosystem I Cyclic elec-tron transport around photosystem I and its relationship to non-photochemical quenching in the unicellular green alga Dunaliella salina under nitrogen deficiency. J Plant Res 126:179-186クロロフィル蛍光、P700酸化還元、低温蛍光スペクトル測定から、緑藻Dunaliella salinaは、窒素欠乏により強光下で高い光化学系I循環的電子伝達活性を示した。このことから、種子植物と同様な光合成明反応制御機構が緑藻でも機能していることが示唆された。(p.179-186)
画像解析プログラムを用いたシロイヌナズナの根端伸長の解析
Iwamoto A, Kondo E, Fujihashi H, Sugiyama M (2013) Kinematic study of root elongation in Arabidopsis thaliana with a novel im-age-analysis program. J Plant Res 126: 187-192シロイヌナズナ根端の様々な場所における伸長速度を自動的に測定する新しい画像解析プログラムを開発した。このプログラムは、「特異点フィルター」という技術を使って一定の時間間隔で撮影した2枚の根端画像の同一点を決定し、根端各部の伸長速度を正確に算出することができる。(p.187-192)