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【書評】齋藤雅典 編著 「もっと・・・菌根の世界:知らざれる根圏のパートナーシップ」

2023年11月10日

みなさま

日本植物学会に送られてきた書評用の本は、会員サイトで紹介し、書評希望者に差し上げることにしています。書評は生物科学ニュースで紹介いたします。今回は、すでに本書を購入していた外生菌根を研究している気鋭の会員と本会会長の書評を掲載します。

日本植物学会事務局

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齋藤雅典 編著 「もっと・・・菌根の世界:知らざれる根圏のパートナーシップ」

築地書館 定価 本体2,700円 刊行 2023年9月22日 

目次 http://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN978-4-8067-1655-6.html

【書評1】

 本書は、2020年に出版され好評を博した『菌根の世界―菌と植物のきってもきれない関係』の続編となっている。前書に引き続き、オムニバス形式で菌根のスペシャリストが各々の研究分野について、一般の方にもわかりやすいよう解説している。前書と比較すると、3章、ページにして100ページ近く増えており、かなり読み応えがある仕上がりとなっている。また、本書では、前書で扱いのなかったエリコイド菌根や、近年、森林総研の白トリュフ人工栽培成功のニュース等で俄かに注目が増している地下生菌にも章が割り当てられている。 

外生菌根共生の分子メカニズムを研究している筆者から見ると、アーバスキュラー菌根共生の分子メカニズムに2章割かれていることに嬉しく思う、と同時に驚嘆もした。というのも、概して、専門外の人からはとっつきにくく小難しい話になりやすい分子生物学的な話題が、本書では分かりやすく丁寧に解説され、一般の方や初学者でも抵抗なく読める仕上がりになっているからだ。さらに、学問的な知見にとどまらず、論文からは知りえない、当時の熾烈な研究競争の話や研究の苦労話も一緒に書かれているため、研究の面白さ、著者の思考を垣間見ることもできる。

菌根の研究が進むにつれ、植物の成長や生態系における菌根の果たす役割の重要性が明らかになってきている。世間でも、菌根が高校生物の教科書に記載されたり、2020年の東大入試に菌根に関する問題が出題されたりするなど、菌根への関心は年々高まりを見せている。しかし、大学においても、菌根に特化した授業はほとんどない。そんな中、菌根について網羅的に学べる本書は貴重であり、菌根について学んでいる人や興味を持つ人に特におすすめしたい一冊である。また、前書と合わせて読むことで、菌根について、より包括的に理解できるだろう。(東京大学・大学院農学生命科学研究科・森林科学専攻 岡部信)

 

【書評2】

菌根は、植物の根と菌類との共生体である。植物は光合成産物を菌類に供給し、菌類は細い菌糸を土壌の隙間にもぐりこませておもにリンなどの栄養塩類を吸収し、それを植物に与えている。菌根は、一見、平和な相利共生であると思える。本書を読んで、このような見方がごく皮相的であったと思い知らされた。

本書は、齋藤雅典編著の『菌根の世界:菌と植物のきってもきれない関係(2020)、築地書館、2400円』の続編である。序章(齋藤雅典)では、本書から読み始める読者にも配慮し、菌根に関する基礎的な知見が整理され、本書の内容が紹介されている。有名どころのアーバスキュラー菌根(宿主の細胞内に作られる樹枝状体をarbusculeとよぶことから名づけられた)や外生菌根に加えて、ツツジ科やラン科の菌根についても解説されている。菌根と言えばリンの吸収が主な機能と思われているが、外生菌根では窒素の吸収も重要であること、アーバスキュラー菌根は、陸上植物の祖先が水中から上陸すると同時に見られること、菌類が小葉類シダ植物のリグニンを分解できなかったために植物遺体が蓄積し化石燃料となったことなどが、わかりやすくまとめられている。

1章(奈良一秀)は、樹木を主な対象とした菌根ネットワークの解説である。富士山の森林限界は標高2500 m付近だが、1707年の宝永火山の噴火により、御殿場側では現在でも標高1500 mほどまでしか森林が形成されていない。噴火後にできた火山礫地に最初に定着するのは非菌根植物のイタドリである。イタドリが形成する島状群落(パッチ)が遷移の基盤となり、ここにススキの近縁種カリヤスモドキや樹木が侵入する。しかし、その後に出現するカラマツやダケカンバが見られるのは、外生菌根と共生するミヤマヤナギが存在しているパッチだけである。遷移の進行には菌根菌が近隣の森林から導入され、ミヤマヤナギの芽生えとの共生が始まることが前提であるという。異なる目的で始められた外生菌根菌の子実体の探索が、このような研究へ発展したことは興味深い。

2章(木下晃彦)は、グルメには垂涎もののトリュフが主題である。トリュフをふくむ地中に子実体をつくる地下生の菌は、実は多くの系統に出現する。著者らによる日本のイッポンシメジ属やセイヨウショウロ属の多様性に関わる自然史研究が語られている。子実体が地下生であるために繁殖には動物が堀り返す必要があり、そのためには匂いが重要となる。ただ、一方で、地上部の菌糸が分生子を作り、分生子を飛ばしていることも最近明らかになったようだ。なお、菌根(mycorrhiza)という語を初めて用いたのは、プロイセン国王からトリュフの研究を命じられたフランク(Frank, AB 1885)だそうだ。

3章(馬場隆士・広瀬大)には、酸性のきつい土壌を優占するツツジ科の植物のエリコイド菌根をはじめとするツツジ科の菌根が詳しく解説されている。エリコイド菌は、ツツジ科植物に見られるヘアルートと称される根毛を作らない根に共生している。エリコイド菌根は酸性環境に特化したものと一般には思われているが、アルカリ性土壌の強いところでシデロフォア(Fe3+などの吸収に使われるムギネ酸様物質)を生産するものもある。菌根菌が宿主植物をあやつり、菌が共生しやすい形態の根を作らせている可能性など、興味深い今後の研究テーマについても述べられている。

第4章(末次健司)では、「菌従属栄養植物」について述べてある。これまでよく用いられてきた「腐生植物」の使用が、厳として排されている。植物体のCNの安定同位体を用いた栄養段階の解析や、核実験などによって蓄積した14C(放射性同位元素)を利用した年代測定によって、菌従属栄養植物の各種が、菌根菌に寄生しているのか、死んだ植物の腐生菌に寄生しているのかが、鮮やかに示されている。生物のせめぎ合う生態系において、なぜ、「栄養をもらう一方の菌従属栄養植物が存在しうるのか。」という大きな研究課題も提示されている。

5章では、菌類共生のための有効物質としてストリゴラクトンを同定した秋山康紀が、ストリゴラクトンに関するこれまでの研究と今後の課題をまとめている。貧栄養状態にある植物が菌根菌を呼び寄せるシグナル物質であり、植物の枝分かれ抑制ホルモンであり、寄生植物のStrigaの種子の発芽・寄生をうながすという悪役ともなる、ストリゴラクトンと総称される物質の機能と同定に関する研究が臨場感豊かに語られている。

マメ科植物と根粒菌の共生は、マメ科植物が進化してから起こったので、1億年ほど前のことである。すでに述べたように、菌根共生はこれにはるかに先立って成立している。第6章(齋藤勝晴)には、マメ科植物の根粒菌との共生が、菌根菌の共生のための仕組みを利用して進化したことが述べられている。両者に共通する、核壁孔タンパク質であるヌクレオポリンなどが主役となる共通共生シグナル伝達回路が、変異体の解析から明らかになっている様子が詳しく解説されている。第7章(小八重善裕)には、菌根のライブイメージングの最新技術が述べてある。アーバスキュラー菌根の樹枝状体が2~3日間という短命であることの発見などの経緯が述べられている。第8章(久我ゆかり)には、ラン菌根の共生発芽に関する、電子顕微鏡や二次イオン質量分析イメージングを用いた研究が紹介されている。共生発芽における栄養レベルの微妙なバランスや、栄養供給経路に関する鮮やかな画像が紹介されている。

9章(成澤才彦)には、DSEdark septa endophyte)が紹介されている。菌根をつくらない植物として、アブラナ科などの植物が挙げられる。しかし、これらの植物にもDSEは作用する。著者らのアブラナ科ハクサイを用いた研究では、N栄養吸収、病害の緩和などにDSEの共存が有効であることが示された。また、酸性土壌などで生育する植物の菌根にもDSEが見られる。また、DSEが特殊な細菌類の菌叢を作ることもわかってきた。DSEは菌根菌ではないとされるが、厳密な線引きはできないと感じられる。野生のアブラナ科シロイヌナズナの生育にもDSEは貢献しているのだろうか?

評者は、おもに光合成を研究している生理生態学者である。1995年に出版された中坪孝之・堀越孝雄の訳によるMF. Allenの「菌根の生態学」(共立出版)を発売と同時に読んで以来、菌根には興味があり、最近の進歩を知りたくこの本を手にとった。本書は、一般の読者も意識した書き方になっており読みやすい。また、各章を最前線の研究者が担当しているためか抜群の臨場感がある。まさに、「巻を措く能わず」という感じで通読できた。

評者は最近、生物学に「煽りすぎ」の本が増えていると感じており、その悪影響を危惧している。また、人類は、共生や生態系に関して「ロマン的思考」に陥りやすいとも感じている。たとえば、植生遷移学の泰斗FE Clementsは、晩年「生態系の有機体説」に陥ってしまった。菌根に関しても、複数の樹木種を菌根が結んで相互扶助しているというWWW説(World Wide Webを模したWood Wide Web)がある。編者の齋藤はこのような「流行」に対して注意を喚起している。また、各章の著者は先行研究を尊重し、文献を適切に引用している。このように、本書が学問に対して良心的である点も高く評価したい。(東京大学・生態調和農学機構、植物学会長 寺島一郎)


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