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生物科学ニュース

ホーム > 一般向け情報 > 生物科学ニュース > 【書評】大山 卓爾 氏 監修「ずかん 根っこ」

【書評】大山 卓爾 氏 監修「ずかん 根っこ」

2024年1月19日

みなさま

大山 卓爾 氏(公益財団法人・肥料科学研究所理事長)監修の「ずかん 根っこ」の書評を、富山大学・理学部・生物学科の 唐原 一郎 会員にご担当いただきました。唐原教授は、日本根研究学会の会長もなさった「根」の「通」です。

・・・日本植物学会に送られてきた書評用の本は、会員サイトで紹介し、書評希望者に差し上げることにしています。書評は生物科学ニュースで紹介するほか、NAZUNA、JECONETなどのメーリングリストにも配信します。

日本植物学会事務局

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大山 卓爾 監修 2023「ずかん 根っこ」技術評論社

(技術評論社 URL https://gihyo.jp/book/2023/978-4-297-13653-6)

 植物が必要な養分と水は,通常,根が吸収しているため,根の張り具合は地上部の発達を左右するほど重要と言われています.しかし根の教科書(Eshel A, and Beeckman T. (2013) Plant Roots: The Hidden Half, Fourth Edition, CRC Press)の副題にあるように,根は「隠された半分」といわれてきました.それは,土中にあるその形が簡単には見えないからですが,筆者がこの図鑑の書評のお話を頂いたとき,「その「隠された半分」を敢えて子供向けの図鑑にするとはどういうこと?」「植物の地上部の図鑑なら,きれいな写真満載にできるでしょうけど,土にまみれた根っこの形ってどうなの?」という疑問がまず生じました.そして本書の実物が届くまで,この図鑑のシリーズをウェブで下調べをしたところ,ニッチな題材に絞ったシリーズであることはわかりました.ただ,シリーズの中の他の図鑑で植物に関係するものは「ずかん フルーツ」・「ずかん こけ」・「ずかん たね」などで,それらならまだ綺麗な写真で一杯にできて見ていて楽しそうだけど,と先の疑問は解消しませんでした.そういうわけで,半分どころか十分いぶかしがりながら届いた本書を開いたところ,「これはすごい!」.

 「1章 根っこってなんだ?」では,扱う植物たちの系統関係に始まって根の形態や機能の基本的なことが押さえられ,「3章 地上の根っこ」ではユニークな各種の地上の根系が綺麗な写真で紹介されており,これらは植物関連の教科書で根に関する部分には記載されている一般的な知識で,予想を裏切るものではありませんでした.しかし,「2章 地中の根っこ」の様々な植物種の根系の各論では,統一されたレイアウトでリアルに美しく描かれた根系のイラストが,これでもかと迫ってきて魅了されました.シュート系の形態の多様性と比べれば多様性が低いと言われている根系であっても,それなりに多様であることに驚かされます.地上の根系については綺麗な写真が得られますが,地下部の根系形態の情報は限られます.技術評論社の「ずかん」シリーズに執筆協力されてきた野島智司氏はWeb記事で「本書は資料も少なく、制作に時間を要しました。」と述べておられ,それはそうでしょうと納得.限られた文献をもとに描かれているのだと思いますが,おそらく味気ない学術文献の図や写真をもとにしながら,美しく仕上げられたイラストレーターさんの力量にも脱帽です.普段目にするなじみの植物たちの隠された下半身が赤裸々なまでにリアルに,と不謹慎にも思ってしまったのですが,それは何故かと自問するに,ディオスコリデスのマテリア・メディカに描かれているマンドレイクの絵や,それを元にしたセクシー(?)マンドレイクを連想してしまったからのようでした.そしてその後で,人間と違って植物では,生殖のための器官が地上部にあり,栄養吸収のための器官が地下部にある,ということに気付いた崇高な哲学者たちは,人間は逆立ちした植物である(プラトン)とか,植物は逆立ちした人間である(アリストテレス)とみていたことも思い出し,不謹慎な私はまだまだ修行が足りん,と自省した次第です.でもおそらく,イラストレーターさんも,マンドレイクを思い浮かべていたに違いない.本書は学生や専門家も十分楽しめる(いや,参考になる)ものですし,研究のインスピレーションも得られると思います.とはいえ大学図書館への推薦や校費での購入にはご英断が必要かもしれませんが,子供に買ってあげるという振りをしながらの自費での購入は十分可能と思われます.ほとんど読書感想文になっていますが,書評であることを思い出しひと言付け加えるとすれば,地中の根っこはあくまで二次元のイラストですし,デフォルメされ実物より美しくなっているであろうということでしょうか.ただしそうすることでこそ,アンダーグラウンドの世界に光を当てて表舞台に立たせ,根っこの魅力をうまく引き出すことが出来ているので,泥まみれになって実際に根系の形態を明らかにしてきた研究者たちも納得できると思います.

 とはいえ,本書を紹介している出版社のウェブページの「こんな方におすすめ」の欄に記載されているように,「地中の世界に興味のある方」にはすごく受けるとしても,本書を子供達が自ら欲しがるのか,あるいは親御さんが子供達に買い与えたいと思うのかというと正直疑問も生じます.これを読んで下さった学会員あるいは一般の方も,こういうニッチな図鑑が売れるのかと,人ごとながら心配になるかもしれません.しかし心配はご無用です.他社からも最近立て続けに「まんがでわかる 土と肥料 根っこから見た土の世界」(村上敏文著,農山漁村文化協会)や,「根っこのふしぎな世界」(中野明正著,文研出版)が出版されているのです.今,日本の子供達にそのようなブームが起こっているのか,はたまた頭の柔らかい子供達に向けた何か企てなのか,世の中のトレンドに疎い筆者は知る由もありませんが,これらの書物の著者や本書の監修者が,「根研究学会」という学会の先輩諸兄であるということに筆者は気付いたことを申し添えます.

                         唐原一郎(富山大学・理学部・生物学科)


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