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【書評】片岡 博尚 会員訳 ハーバーラント 「植物の触覚器官」

2024年2月24日

みなさま

丸善出版から2023年12月に出版された、片岡 博尚 会員による Gottlieb Haberlandt の Sinnesorgane im Pflanzenreich, zur Perzeption mechanischer Reize, 2te Aufl. の完訳本(A5版 236ページ)の書評を、埼玉大学の須田 啓 会員が担当してくださいました。

須田会員は、埼玉大学豊田 正嗣 会員の研究室の博士研究員で、ハエトリソウの「触覚器官」のカルシウムシグナル伝達に関する研究を、ドイツのWürzburg大と共同で行った経験もあります。

書評

植物は環境刺激に応じて様々な応答を見せるが、本書はその中でも「触覚」にフォーカスを当てて執筆された、1906年刊行のGottlieb Haberlandt氏の著作 "Sinnesorgane im Pflanzenreich zur Perzeption mechanischer Reize, 2te Aufl." を翻訳したものである。
 
序論となる第1章を読むことで、本書の書かれた1906年当時の研究背景をうかがい知ることが出来る。続く第2章では、様々な植物での接触刺激の受容器官について、「おしべ」、「柱頭,花柱,ずい柱」、「花被」、「普通葉」、「食虫植物」、「巻きひげ,ツル」に分けて発見の経緯から当時の最新の知見までをまとめあげている特に細胞レベルでの形態的な特徴と生理的解剖学をもとに接触刺激が力学的にどのように受容されているのかが考察されており、様々な植物種における記載を横断的に読むことで新たな発見が得られることと思う。第三章では前章にて議論された触覚について植物間での相同性について比較し、議論されている。
 
本書の特徴はドイツ語で執筆された原著を "限りなく精緻" に翻訳しているという点である。例えば、本編に先立つ「図版,註と用語の日本語訳について」ではドイツ語と日本語を1対1対応させようという翻訳者の丁寧な配慮が伺える。
植物の接触刺激に対する応答は19世紀前半に曖昧な形で認識されつつ、詳細な観察によってその受容器官や仕組みなどが徐々に明らかになってきた。本書の原著が刊行された1906年はDNAの発見以前であり、本書では現代の分子生物学的な視点にもとづかない枠組みで生物を理解しようと試みられている。
そのような時代背景から、当時の文献を著者らの考え方を含めて現代の植物学者が真の意味で理解することは難しいが、歴史的背景を含む章立てと本書の厳密な翻訳に基づいた単語選びの意図も含めて読むことで、植物の「触覚」について理解されてきた経緯を体感することが出来ることと思う。
 
本書の原著がドイツ語であることからも分かる通り、当時の研究領域を理解するにはドイツ語の文献の読破が不可欠である。接触刺激応答の研究を始める初学者にとっては「何がどのように解明されてて来たのか」を把握するのは非常に時間のかかるものであり、広範な古い文献を日本語でまとめあげたものはこれまでに無かった。そういった意味で、これから接触刺激に対する応答を題材に取り扱いたい研究者にとって本書は必読と言える。
この数年で接触刺激の受容において特徴的な機能を持つオジギソウ、モウセンゴケ、ハエトリソウなどの植物で形質転換が可能となり、「触覚」の分子生物学的な理解が深まりつつある。しかし植物がどのように力を受容するのか?という仕組みの全容を理解するには遺伝子だけではなく形態学的な側面や力学的な側面を総合的に理解する必要があり、これまで植物の刺激受容を研究してきた研究者にとっても本書が新たな研究アイデアの火種となることと感じている。
 
(埼玉大学大学院・理工学研究科・生命科学系専攻・分子生物学コース・須田 啓)

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