【書評】日本森林学会 編 「図説 日本の森林-森・人・生き物の多様なかかわり-」
[お知らせ] 2024年11月15日
みなさま
今秋10月1日に発行された、日本森林学会 編 「図説 日本の森林-森・人・生き物の多様なかかわり-」の書評を、九州大学 大学院農学研究院 久米篤 博士にご担当いただきました。
日本植物学会に送られてきた書評用の本は、会員サイトで紹介し、書評希望者に差し上げることにしています。書評は生物科学ニュースで紹介するほか、NAZUNA、JECONETなどのメーリングリストにも配信します。
日本植物学会事務局
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日本森林学会 編 「図説 日本の森林-森・人・生き物の多様なかかわり-」
朝倉書店 B5判/216ページ 定価 5,280 円(本体 4,800 円+税)/2024年10月01日
刊行/ISBN:978-4-254-18065-7 C3040
https://www.asakura.co.jp/detail.php?book_code=18065
本書は、日本にはどのような森林があり、どのような生物達が生活し、人々がどのように管理し利用しているかを知るための、最も信頼できるガイドである。カラーの地図や写真、グラフや解説図が豊富に使われており、本文中で解説されている136箇所の森林の基本情報(緯度経度、標高)が一覧表としてまとめられている。各解説項目には引用文献(JPR含む)が提示されており、わかりやすく且つ情報の確かさが確認できる編集がなされている。日本の森林について、日本森林学会所属の日本を代表する森林の専門家達が、120名を超える著者達をまとめ上げようと格闘し、明確な意図を持って編集し、多角的な情報を読みやすく濃縮している。インターネット検索やAIから得られる断片的で偏った情報とは一線を画す、日本の森林の現在を俯瞰し、将来への希望が詰まった一冊である。
日本で育った私達にとって、森林は当たり前の存在として扱われている。日本の森林面積は統計上は国土の3分の2を占め、世界でも有数な森林大国となっているが、人の生活圏の都市集中に伴い、実際に森林に行ったことのある人口割合は低下している。私が学部で担当している森林生態学の受講生へのアンケートでも、直近1年間に実習以外で森林に入ったことがあると回答する割合は、数パーセント程度である。森林に興味があるので農学部の森林コースに進学したものの、実際にはほとんど行ったことがない学生が大半という実情がある。これは、植物学会においてはさらに顕著で、大会で樹木に関する研究発表はほとんど無く、森林については皆無に近い。あたかも、樹木や森林は植物学の対象には含まれないかのようである。もしかすると、自分の興
味ある研究対象の植物に注目しすぎて、森林はその背景に溶け込んでしまっているのかもしれない。しかし、日本の植物を考える上で日本の森林の実態を理解しておくことは不可欠である。
本書はの3部構成となっており、日本全国の森林についての情報、生態系レベルの解説、森林の利用や管理、文化に至る人との関係が解説されている。第1部「森林を読み解く136景」では、日本の北から南まで136の林分について、現在の姿や今に至る歴史、環境との関わり、人の利用との関係について、項目別に解説されている。たとえば項目の具体例として、パイロットフォレスト、阿寒のアカエゾマツ林、南部赤松の森、上高地のケショウヤナギ林、東京都水道水源林、屋久島の森など、様々な観点から項目が選択されており、大学演習林やスギ人工林・ヒノキ人工林、埋没林など、全国各地で見られる森林についての項目もある。また、7つの解説記事があり、気候変動や植生遷移、人工林管理の現状などが取り上げられている。第2部「生き物たちの森林
」では、森林を利用する動物や鳥類、樹木と共生し感染し分解する菌類、土壌動物や昆虫類の実態やその役割について解説されている。第3部「森林と人」では、森林と人との関係の研究が紹介され、日本文化との関わり、そして今後の森林との関係の構築について世界的な動向と絡めて解説されている。
「日本の森林」とはどのようなものであるか、という問いは、日本の植物とはどのようなものであるかについて答えることにもつながる。日本にはこんなに多様な森林があり、そこには人と生物の歴史があることを植物学者が理解することは、日本の植物学研究の発展につながるだろう。日本植物学会員の皆さまが本書を手に取り、身近の実際の森林を確かめていただくことを期待する。
なお、本書の英文版が出ると、日本の森林を海外に紹介する素晴らしいガイドブックになるのではとも感じた。
(九州大学大学院農学研究院 久米篤)