【書評】久保山 京子(著)/福田 健二(監修) 「教養のための植物学図鑑」
2024年11月22日
2024年08月01日 刊行された、久保山 京子(著)/福田 健二(監修) 「教養のための植物学図鑑」の書評を、東京大学理学系研究科 生物科学専攻 附属植物園(日光)の 種子田春彦博士にご担当いただきました。
日本植物学会事務局
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久保山 京子(著)/福田 健二(監修) 「教養のための植物学図鑑」
朝倉書店 B5判/212ページ 定価 4,400 円(本体 4,000 円+税)/2024年08月01日 刊行/ISBN:978-4-254-17191-4 C3645
「教養のための植物学図鑑」という本書は、図鑑という名に恥じない美しくわかりやすい写真や図ともに多様な植物の見方を教えてくれる本である。「植物学」というタイトルの通り、形態学や生態学、系統学の用語と定義をきちんと押さえたうえで、その知識や用語を使って個々の植物の性質が記述されている。見た目にも分かりやすい植物の話題を集めた雑学的なものとは一線を画した内容になっており、派手さはなく遠回りのように思うが、本書にあるような体系だった知識を得ることが植物の広くて深い世界に入っていくには一番の近道だと私は思う。
本書の内容を少し詳しく紹介する。2部構成の前半では、1,2章では、植物の系統関係を解説した後、生態学では必須の知識となる生活形について定義の説明がある。3,4章で葉や茎、シュートや樹木の樹皮などの地上部の栄養成長器官を詳しく解説している。5章では、花と実といった生殖器官について、花序、花を構成する組織、果実や種子の形態の順で説明が進む。紹介している形態について、その機能や系統関係についての簡単な説明がついているのも印象的で、数ある用語を覚える一助になりそうだ。また、それぞれの用語に対応する写真が用意されているのも良い。実習などで植物の形態を教えるときに苦戦すること度々であるが、それは教科書の模式図にあるような典型的なものばかりではないことや、合生心皮と単心皮のような似て非なる(と私は思う)形態は多数の例を見て比較をしないと違いが感覚的につかめないことにある。本書ではたくさんの植物種の写真が用意されていて参照できる。さらに、それらは公園など、身近にみられるような種であることが多く、本書を読んでさらに実際の植物でも確認することができる。
後半では、身近な植物種を1つの種について半頁から2頁にわたって形態や生態、人とのかかわりについての説明が続く。ここでの特長の一つは、学名のラテン語の読み方や意味が書かれていることで、学名が難読のアルファベットの羅列ではなくなる。また、送粉者についての情報が具体的に書かれていることも見逃せない。さらに、花から果実ができる様子を連続写真で紹介されている点も強調したい。例えばビワでは、花弁が落ちた後に萼が伸長して子房を包み込んだ後に果実が膨らんでいく様子や、ヒオウギでは花が終わった花被片が自家受粉をするためにねじれながら枯れていくさまなど、大きく変貌する外観は見ているだけで興味深い。こうした丁寧な観察結果は、新たなアイディアの宝庫でもある。ケヤキの葉で老化とともに気孔が閉じにくくなるという話を聞いていたが、本書でケヤキが種子のついた枝ごと切り離して種子散布する話を読みながら、気孔を閉じにくくするのは種子をつけた繁殖枝をしっかりと乾かすための応答ではないかというところに行きあたったりした。
さらに植物図鑑の副読本という使い方も有用だろう。多くの植物図鑑では断りなく、系統関係を反映した順番で植物種が掲載され、植物種の解説や検索表には形態の専門用語が書かれている。図鑑によっては巻頭や巻末に用語の解説があるものの限られた紙面での極めて簡潔な記述であることがほとんどだ。そんなとき、本書にあたればそれが写真付きで丁寧な解説がついている。
以上のように、本書はこれから植物学を学ぶかたにもベテランの方にも「一家に一冊」とは言わないが「研究室に一冊」あっても良い本であると思う。
(東京大学大学院理学系研究科附属植物園 種子田春彦)