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【第2回】海の中の赤い植物"紅藻"の謎

村上明男(神戸大学・内海域環境教育研究センター)



はじめに

私たちの生活は、衣・食・住ともに植物の光合成の恩恵を受け成り立っています。すなわち、私たちが利用する植物の葉・幹・根・花・種子・果実などは全て、緑色の葉が太陽の光を受けることで出来たものです。そして、この葉の緑色の正体はクロロフィル(葉緑素)と呼ばれ、光合成の反応において重要な役割をもちます。一方、海の中で生きている植物(海藻)では黄褐色や赤色などが目立ちますが、これら色の異なる海藻にも緑色のクロロフィルが存在し、陸上の植物と同様に、光合成の営みに役立っています。ここでは、海藻のもつ多種多彩な光合成色素を紹介すると共に、我々が2004年に"サイエンス"誌に報告した「紅藻のクロロフィルd の謎」の解明についての研究をご紹介します。


1) クロロフィル -太陽と生き物を結ぶ緑色の分子-

地球の表面はクロロフィルによって覆われています。人工衛星が撮影した写真からも、緑広がる豊かな山林や草原の様子がわかります。この緑色の正体は、植物が太陽に向かって広げている葉に含まれる光合成色素クロロフィルです。そして、クロロフィルをもっているのは陸上の植物だけではありません。青い海の中にも海藻や植物プランクトン(微細藻類)といった"緑"が存在します。これらのクロロフィルについては、衛星に搭載した高感度センサーにより調べられており、地球を覆うクロロフィルの量は、2億トン以上にも達すると推定されています。
 
▲ 人工衛星からみたクロロフィルの分布.陸の緑と海の青白く見える渦模様はクロロフィル(Jeff Schmaltz, ODIS Land Rapid Response Team, NASA GSFC)

2) 海の中のカラフルな植物たち -緑藻、褐藻、紅 藻-

陸上で見られる植物の葉はそのほとんどが緑色ですが、干上がった磯や浅瀬で見られる海藻はひじょうに色彩豊かです。もちろん、陸上と同じ緑色の植物"緑藻"もありますが、海の中では赤い植物"紅藻"や黄褐色の植物"褐藻"の仲間達がたくさん繁茂しています。これら海藻は、体全体が葉のような役割をもち、全身で光を捕らえ光合成をしています。また、海のなかでは光の量や質(色)が陸上の環境とは大きく異なっています。水深が増すにつれ光の強度は急激に減衰し、さらに太陽の可視光の成分のうち赤~橙色や紫色の光は途中で遮られ、深いところには青色や緑色の光だけが届くようになります。
由良海岸(淡路島)の海藻

陸上の植物や緑藻は、光合成色素クロロフィルa とクロロフィルb をもつことで緑色を呈し、太陽光のうち赤色と青色の光を捕らえて光合成を営んでいます。一方、褐藻は橙色の光合成色素フコキサンチン(カロテノイドの一種)を、紅藻は赤色の光合成色素フィコエリスリン(フィコビリンの一種)をもっています。光合成の反応にクロロフィルa は不可欠なので、褐藻や紅藻もクロロフィルa をもちますが、フコキサンチンやフィコエリスリンの量が圧倒的に多いため、これらの藻体は黄褐色や赤色に見えます。フコキサンチンやフィコエリスリンは緑色の植物が吸収しにくい緑色の光を光合成に利用することが出来ます。また、一部の緑藻にも例外的に緑色の光が利用できるものがあり、これらの植物は特殊なカロテノイドであるシホナキサンチンをもっています。このように、海中の植物だけがもつ様々な光合成色素は、陸上とは異なる水の中の光をうまく捕らえることができます。


3) 色あざやかな光合成色素 -紅藻の色の由来-
▲ 海藻から分離した光合成色素
1.フィコシアニン、2.クロロフィルa 、3.クロロフィルb 、4.クロロフィルc 、5.βカロテン、6.シホナキサンチン、7.シホネイン、8.フコキサンチン、9.フィコエリスリン

海藻の組織や細胞を壊して水または有機溶媒で抽出し、抽出物をクロマトグラフィーで分離すると、色あざやかな光合成色素が得られます。とても天然の色素とは思えません。既に紹介しましたが、植物や緑藻にはクロロフィルa ・クロロフィルb ・βカロテン、紅藻にはクロロフィルa ・フィコエリスリン・フィコシアニン・βカロテン、褐藻にはクロロフィルa ・クロロフィルc ・フコキサンチンというように、海藻の分類群ごとに含まれている光合成色素が異なっており、海藻では『光合成色素』が分類基準の重要な柱として用いられています。

紅藻はその名前のとおり"赤い"海藻のはずですが、実際は黄・緑・黒など様々な色調の変化に富んでいます。緑藻や褐藻では、このような色の変化はみられません。では、なぜ紅藻だけこれほどまで色彩豊かなのでしょう?紅藻には赤色のフィコエリスリンだけでなく、青色のフィコシアニン、緑色のクロロフィルa が含まれています。多くの紅藻、特に深いところに生えている紅藻は赤いフィコエリスリンを豊富にもつことで、その名のとおり赤くなります。一方、浅瀬や干潮時に干上がる磯場に生えている紅藻には、赤よりも緑色、黄褐色、さらに黒色に近いものが多くみられます。これらは、フィコエリスリンの含量が少なくなることで、このような色に見えているのです。紅藻の色のバリエーションは、光環境への適応の結果であると考えられます。


↓↓ 海藻の上にカーソルを移動させると、 それぞれ名前が表示されます ↓↓
(Windows版IEでのみ動作確認済み/表示されない場合は こちら

ツノマタ スギノリ ツノマタ ニクムカデ
フダラク フダラク ピリヒバ ユカリ
フダラク フダラク ミツデソゾ ユカリ
イバラノリ イバラノリ ホソバノトサカモドキ ホソバノトサカモドキ

▲ 由良海岸で採集した色とりどりの紅藻



4) 紅藻のクロロフィルd

植物・藻類・光合成細菌など、数多くの光合成生物から光合成色素を次々に発見した化学者Strain博士(アメリカ・カーネギー研究所)は、1943年にカリフォルニア沿岸の紅藻に、クロロフィルa とは異なる新たな色素がわずかに含まれていることに気づき、これをクロマトグラフィーで精製してクロロフィルd と名付けました。クロロフィルd は調べた全ての紅藻に見つかった訳ではありませんでしたが、紅藻に含まれる2番目のクロロフィルであるとの報告をしていました(1番目はクロロフィルa )。その後、2004年までの約60年間、他の研究者からクロロフィルd が紅藻から稀に抽出されたという報告はあっても、その実体は曖昧なままで時が経過しました。他方、クロロフィルd は紅藻から色素を抽出する際に出来る変成物であるなどとの解釈もなされ、Strain博士の報告に疑いがもたれたこともありました。しかし、Strain博士は、藻類をはじめとする光合成生物の分類群ごとに光合成色素の組み合わせが決まっていること、すなわち光合成色素が重要な分類基準になることを提起し、この提案が植物分類学の分野では大きく評価され、世界中の教科書(高校から大学に至るまで)や学術書の記述の基礎となってきました。なお、クロマトグラフィーの生化学への適用に関する貢献で、Strain博士はアメリカ化学会やアメリカ生化学・分子生物学会から表彰されています。

私が淡路島の臨海実験所で仕事を始めて間もない1999年、淡路島産のある紅藻がクロロフィルd を大量に含むことに気づき、「紅藻のクロロフィルd の謎」を解き明かす研究を始めました。この紅藻は、これまで報告されていた中で最大の含量をもつ実験上の利点があったものの、個体によるクロロフィルd 含量の変動が激しく、また悪天候や海況により採集ができないことも何度もあり、実験生物学としての解析はなかなか進展せず、かえって謎が深まるばかりでした。しかし、5年もの間、国内各地の共同研究者の応援を受けながら格闘した結果、意外な結果が得られました。検出されるクロロフィルd は紅藻そのものに含まれているのではなく、紅藻の表面に付着してコロニーを形成する特殊なシアノバクテリア(藍藻、普通はクロロフィルa とフィコビリンをもつ生物)に由来することを突き止め、この結果を"サイエンス"誌に報告しました(2004年)。すなわち、Strain博士の発見以来、紅藻からクロロフィルd を検出する実験で再現性が得られにくかった訳は、クロロフィルd をもつシアノバクテリアの付着する相手(紅藻)への選り好みと気まぐれさだったのです。この研究で、我々は紅藻のクロロフィルd に関する60年間の謎を解き明かしましたが、この成果は、植物分類学に貢献(教科書の全面的な書き換え)するとともに、植物生理学あるいは植物生態学上の新たな謎も生み出しています。

実は、淡路島の紅藻で見つかったこのクロロフィルd を作るシアノバクテリアは、パラオのサンゴ礁に生育する群体ホヤから1996年に分離されていたシアノバクテリアと近縁のものであることも分かりました。ところで、ホヤ組織内でのこのシアノバクテリアの分布や生態学的な意義については、我々の報告の翌年にオーストラリアのグレートバリアリーフの群体ホヤを使った研究から明らかにされました。また、カリフォルニア州最大の湖であるソルトンシーからも同種のシアノバクテリアが見つかったことから、過去60年間にクロロフィルd が検出された世界各地の紅藻の産地にも、このシアノバクテリアと同じものが生育している可能性は高いものと思われます。我々の成果は、この特殊なシアノバクテリアが、世界中に広がっている可能性を強く示唆したことにも意義がありました。クロロフィルd をもつ特殊なシアノバクテリアの謎はまだしばらく続くようです。

▲ 紅藻オキツノリ(上)と、その表面に付着するクロロフィルd を もつシアノバクテリア(下)


▲ クロロフィルa (左)と
クロロフィルd (右)


▲ アカリオクロリスの吸収スペクトル:"見えない光"(700nm以上の遠赤 色光)を使う唯一の酸素発生型光合成


▲ クロロフィルd をもつアカリオクロリス(左)とクロロフィルa をもつシアノバクテリア達

おわりに

我々の論文が掲載された"サイエンス"誌のニュース本部解説記事では、このシアノバクテリアは"ヒッチハイカー"と呼ばれましたが、クロロフィルd をもつシアノバクテリアが世界中飛び回って分布を広げているものと思われます。また、我々の報告に対して、"藻類学者を困らせていた問題を解決"、"Strain 博士の名誉を回復"などの批評もありました。その一方、論文掲載日のある新聞の記事で科学記者がつけたタイトル"見えぬ光で光合成"は、我々の成果の発展性を見事に言い表していると今更ながら感心しています。アメリカのグループがカリフォルニア州の塩湖のクロロフィルdをもつシアノバクテリアの報告をした際に、web上の科学記事紹介サイトに以下のコメントが掲載されました。この微生物の発見は、"酸素を出す光合成には太陽光のうち可視光成分(見える光)が必要である"という今まで概念を変え、"可視光以外の遠赤色光を使う光合成を行う生物の新しいハビタットの広がり"を示した、との評価です。



※本記事は、内田博子さんの全面的な協力により作成しました。

▲ SCIENCE誌 2004年3月12日号(vol.303)に掲載された筆者らの論文(A. Murakami, H. Miyashita, M. Iseki, K. Adachi, M. Mimuro, vol.303, p.1633)

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