【第10回】陸上化した植物たちがたどった道
榊原恵子(東京大学大学院 理学系研究科)
生物にはその生活環の中で、染色体を一組持つ時期(単相)と二組持つ時期(複相)があり、それを繰り返すことで子孫を作ります。例えば、私たちが普段目にしている、花を咲かせる被子植物の根・茎・葉・花などは複相に相当します。花を構成する器官であるめしべとおしべの一部で減数分裂がおき、それぞれ染色体数が一組になった雌性配偶体と花粉を作り出します。雌性配偶体の中の卵細胞と花粉から作られる精細胞が受精することで、受精卵ができます。受精卵では、再び染色体数が二組となります。この受精卵が新しい複相の体へと成長し、次の世代へ命をつなげていきます。これを繰り返すことで、植物は子孫を作っているのです。他の陸上植物であるコケ植物も同様に複相と単相の体を繰り返し作り出すことで子孫を作っています。このように、生活環の中で単相の体(配偶体)と複相の体(胞子体)を繰り返し作ることが陸上植物の特徴であり、世代交代とよばれています(図1)。
図1 緑色植物の系統関係とその生活環の模式図。
陸上植物は単相と複相の両方に多細胞の体を作る。
私たちが普段地上で目にしている陸上植物は、みな約4億7千万年以上前に淡水で生活していたシャジクモ藻類の祖先の一部が陸上に進出した結果誕生したと考えられています。シャジクモの生活環をみてみますと、シャジクモの生活の主体は単相の体です。その体の一部に生殖のための器官、生卵器と造精器を作り、その中で作られる卵細胞と精子の受精により、受精卵ができます。ここまでは陸上植物と似ていますね。しかし、シャジクモの受精卵はそのまま減数分裂を行って単相へと移行します。つまり、シャジクモの複相は単細胞のみで、陸上植物のように複相の体(胞子体)を持たないのです。このことから、陸上植物の祖先で受精卵が体細胞分裂を行えるようになり、減数分裂がおきるのが遅れることで、複相で多細胞の体が作られるようになったのではないかと考えられてきました。最近、私たちは陸上植物の祖先におこった複相の多細胞化につながったと考えられる遺伝子変化を発見しました。
コケ植物のヒメツリガネゴケのKNOX2遺伝子という転写因子(他の遺伝子の発現を調節する働きをする遺伝子)を機能しないようにすると、複相の発生が途中で止まり、通常、単相でしか作られない組織が作られるようになりました(図2)。つまり、KNOX2遺伝子は複相で単相の組織を作らないように抑制している遺伝子だったのです。
図2 KNOX2遺伝子を働かないようにすると、複相の状態でも単相様組織が作られる。(A)ヒメツリガネゴケの通常の複相の状態。(B)KNOX2遺伝子を機能しないようにした複相。矢尻は通常ならば、複相で作られることのない単相様の組織。スケールは100 mm。
KNOX2遺伝子の姉妹にあたる遺伝子にKNOX1遺伝子があります。KNOX1遺伝子については1990年代から研究が進み、今では陸上植物のほとんどがこの遺伝子を持っており、胞子体(複相の体)を作り出すのに大切な分裂組織の形成と維持に機能していることがわかってきました。一方、陸上植物の遠い親戚にあたる緑藻のクラミドモナスはKNOX遺伝子を1個しか持ちません。この1個のKNOX遺伝子はクラミドモナスの複相である接合子の細胞分化に機能しています。おそらく、KNOX遺伝子は緑色植物が大切に使って来た複相の遺伝子だったのです。それが、陸上植物の祖先でKNOX遺伝子は2個に増え、そのうちの1つはKNOX1遺伝子となり、複相の分裂組織を作り、それを維持する働きを担うようになり、もう片方のKNOX2遺伝子は単相で働いている遺伝子が複相で間違って働いてしまわないように抑制する働きを担うようになったと考えられます。その結果、複相で、細胞をたくさんに増やす一方で、その細胞が単相のようにふるまわないように抑制する仕組みを獲得でき、陸上植物の祖先は複相で独自の多細胞の体を作れるようになったのではないかと考えられます。このことが、現在の陸上植物の複相の繁栄へとつながっていったのかもしれません。
それでは、シャジクモの仲間にはKNOX遺伝子はあるのでしょうか。また、KNOX1とKNOX2の区別はあるのでしょうか。今後、シャジクモなど他の緑藻の遺伝子情報がわかってくると、陸上植物が誕生する前に、あらかじめ陸上植物の祖先がKNOX1遺伝子やKNOX2遺伝子を持っていたのか、また、その機能を調べることができれば、どのような遺伝子変化が陸上植物への進化につながっていったのか知ることができます。このように、植物が持っている形作りに関わる遺伝子を調べ、その結果を異なる植物間で比較して、植物の進化を推定する学問を植物発生進化学といいます。様々な遺伝子を異なる植物で比較することで、植物のたどった道を推測することができます。
陸上植物たちはこれからどのような道を進んで行くのでしょう。その結果を私たちが目にすることはないのかもしれませんが、想像してみるのは楽しいことですね。
-参考文献-
榊原恵子. コケ植物のエボデボから見えてきた胞子体の複雑化. あんな形,こんなできかた―エボデボ研究最前線[植物篇]. 生物の科学 遺伝 1月号, 39-44 (2013).
Sakakibara, K., Ando, S., Yip, H. K., Tamada, Y., Hiwatashi, Y., Murata, T., Deguchi, H., Hasebe, M., and Bowman, J. L. (2013) " KNOX2 genes regulate the haploid to diploid morphological transition in land plants" Science, 339: 1067-1070.
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