2019年3月号(Vol.132 No.2)
JPR Symposium
シロイヌナズナの黄化芽生えにおけるエキスパンシン遺伝子発現操作のトランスクリプトームへの影響
Ilias IA, Negishi K, Yasue K, Jomura N, Morohashi K, Baharum SN, Goh H-H (2019)
Transcriptome-wide effects of expansin gene manipulation in etiolated Arabidopsis seedling. J Plant Res 132:159-172
エキスパンシンは植物の細胞壁の構成要素であり、細胞壁の緩和や伸長に主たる働きを持つ。本研究では、エキスパンシン遺伝子発現量を人為的に変化させた組み換えシロイヌナズナ用いて、トランスクリプトーム解析を行い、黄化時の細胞伸長には複数の細胞壁関連遺伝子の協調的発現が必要であることを示した。(pp.159-172)
タバコ由来のニコチン生合成遺伝子の発現は異種であるトマトにおいてJRE4転写因子に依存する
Shoji T, Hashimoto T (2019)
Expression of a tobacco nicotine biosynthesis gene depends on the JRE4 transcription factor in heterogenous tomato. J Plant Res 132:173-180
タバコ属特異的であるニコチン生合成遺伝子QPT2は、異種植物であるトマトにおいても細胞特異性やジャスモン酸応答性を保ったまま発現する。種を超えた生合成遺伝子発現の共通性は、進化的に保存された転写因子の存在に起因する。(pp.173-180)
De-ETIOLATED1遺伝子を抑制したパパイヤの胚発生カルスおけるトランスクリプトームへの影響
Jamaluddin ND, Rohani ER, Noor NM, Goh H-H (2019)
Transcriptome-wide effect of DE-ETIOLATED1 (DET1) suppression in embryogenic callus of Carica papaya. J Plant Res 132:181-195
パパイヤは多様な二次代謝産物が豊富な果物である。トマトのDE-ETIOLATED-1(DET1)遺伝子の機能抑制が果実の代謝産物に影響を与えることが知られている。本研究では、パパイヤDET1遺伝子の発現を抑制した胚由来カルスを用いてトランスクリプトーム解析を行った。本研究はパパイヤでの光制御と二次代謝生合成経路の関係を示した最初の報告である。(pp.181-195)
ゼニゴケのbHLH IIIfクレードに分類されるMpBHLH12のゲノムワイド解析
Arai H, Yanagiura K, Toyama Y, Morohashi K (2019)
Genome-wide analysis of MpBHLH12, a IIIf basic helix-loop-helix transcription factor of Marchantia polymorpha. J Plant Res 132:197-209
ゼニゴケは進化上、陸上植物の最も基部に位置するコケ類の一種であり、遺伝子発現制御ネットワーク(GRN) の進化的変化を考察するために適した材料である。本研究では、bHLH転写因子のIIIfクレードに分類されるMpBHLH12のゲノムワイド遺伝子発現解析を行った。MpBHLH12を過剰発現させたゼニゴケは杯状体の大きさや数が減少し、フェノール化合物生合成遺伝子群の発現が変化していたことがわかった。(pp.197-209)
Taxonomy/Phylogenetics/Evolutionary Biology
北海道北部のミズナラ海岸エコタイプのカシワとの遺伝子共有およびそれらの形質への遺伝と環境の効果
Nagamitsu T, Shimizu H, Aizawa M, Nakanishi A (2019)
An admixture of Quercus dentata in the coastal ecotype of Q. mongolicavar. crispulain northern Hokkaido and genetic and environmental effects on their traits. J Plant Res 132:211-222
北日本のナラ海岸林では、海側にカシワ、陸側にミズナラが生育する。北海道北部にはカシワの北限があり、それより北では、海側にカシワに似た形質を持つミズナラの海岸エコタイプが生育する。核遺伝子型から、この海岸エコタイプがカシワと遺伝子を共有していることがわかった。(pp.211-222)
始新世後期の中国南部産フウ属新種(フウ科)
Maslova NP, Kodrul TM, Herman AB, Tu M, Liu X, Jin J (2019)
A new species of Liquidambar (Altingiaceae) from the late Eocene of South China. J Plant Res 132:223-236
中国南部Maoming Basinの始新世後期Huangniuling層から発見された葉化石を基に、新種Liquidambar bellaが記載された。すでに分子系統から示唆されているSemiliquidambarとAltingiaを含めてフウ属Liquidambarを広義にとる見解が、古植物学的証拠からも支持された。(pp.223-236)
Ecology/Ecophysiology/Environmental Biology
異なる標高に由来するハクサンハタザオエコタイプの異なる栄養条件における機能形質の可塑性とバイオマス分配の最適性
Wang Q-W, Daumal M, Nagano S, Yoshida N, Morinaga S-I, Hikosaka K (2019)
Plasticity of functional traits and optimality of biomass allocation in elevational ecotypes of Arabidopsis halleri grown at different soil nutrient availabilities. J Plant Res 132:237-249
植物の形質には、同一種内であっても標高に沿った変異がみられ、この変異は標高によって異なる選択圧がかかった結果であると考えられる。本研究では、伊吹山の標高傾度に沿って分化したハクサンハタザオエコタイプに着目し、現地の栄養塩と異なる栄養条件で育成したときの形質の可塑性と最適性を調べた。伊吹山では、予想に反して高標高ほど栄養条件が良く、生育実験の結果、高標高エコタイプは富栄養に強く適応し、低標高エコタイプは幅広い栄養条件に緩やかに適応していると考えられた。両エコタイプは栄養条件の違いに対し適応的に分化していると考えられた。(pp.237-249)
フウリンソウ(キキョウ科)における二次的花粉配置の動態
D'Antraccoli M, Roma-Marzio F, Benelli G, Canale A, Peruzzi L (2019)
Dynamics of secondary pollen presentation in Campanula medium (Campanulaceae). J Plant Res 132:251-261
本研究ではフウリンソウを対象に、花粉の花柱への二次的配置や雄性先熟の動態について詳細に研究した。本種は雄性先熟と自家不和合性を持ち、ハナバチ類の送粉による他殖を行なっていた。人工的な花柱からの花粉除去は雄期を短縮させ、人工的な他家受粉は花の寿命を短縮させた。(pp.251-261)
Physiology/Biochemistry/Molecular and Cellular Biology
細胞周期阻害剤はプライミング後の種子貯蔵性を改善する
Sano N, Seo M (2019)
Cell cycle inhibitors improve seed storability after priming treatments. J Plant Res 132:263-271
プライミングと呼ばれる種子処理には発芽能を向上させる効果がある一方で、処理後の種子の貯蔵性を低下させてしまう弊害がある。本研究では細胞周期阻害剤の存在下でプライミング処理を行うことにより、貯蔵性の低下を抑えつつ発芽を促進することが可能であることを明らかにした。(pp.263-271)
トマトで見られるサリチル酸によって誘導されるミトコンドリア電子伝達由来の活性酸素の生成はミトコンドリアのヘキソキナーゼ活性に依存する
Poór P, Patyi G, Takács Z, Szekeres A, Bódi N, Bagyánszki M, Tari I (2019)
Salicylic acid-induced ROS production by mitochondrial electron transport chain depends on the activity of mitochondrial hexokinases in tomato (Solanum lycopersicumL.). J Plant Res 132:273-283
トマトの葉にサリチル酸を与えると活性酸素(ROS)と一酸化窒素(NO)が生成し、ヘキソキナーゼの活性と転写産物量の低下をももたらす。ヘキソキナーゼ活性は、ミトコンドリアのROS産生に寄与するがNO生成には寄与しないことから、サリチル酸はヘキソキナーゼの抑制により細胞死を促進することが示唆された。(pp.273-283)
青葉アルコール(Z)-3-ヘキセノールは食害時のチャ植物のトランスクリプトーム応答を増強する
Xin Z, Ge L, Chen S, Sun X (2019)
Enhanced transcriptome responses in herbivore-infested tea plants by the green leaf volatile (Z)-3-hexenol. J Plant Res 132:285-293
揮発性の緑の香り分子には植食性昆虫に対する防御応答を誘導し、エリシターとして働くものがある。今回、緑の香り分子の1つ(z)-3-ヘキセノールが、チャ(Camellia sinensis)において、主にジャスモン酸シグナル系を誘導することで、害虫からの防御に役立つ可能性を明らかにした。(pp.285-293)