2025年7月号(Vol.138 No.4)
Current Topics in Plant Research
Aeluropus lagopoides:気候変動に強い作物開発のためのユニークな遺伝資源としての塩生植物(総説)
Agarwal PK, Agarwal P, Chittora A, Bhawsar A, Thomas T (2025)
Aeluropus lagopoides: an important halophyte with key physiological and molecular mechanisms for salinity tolerance and a unique genetic resource for developing climate resilient crops. J Plant Res 138:535-554
塩生植物Aeluropus lagopoidesには葉鞘と茎からNa+を塩の結晶の形で排泄する機構がある。またこの植物が持つ塩応答遺伝子や転写因子、経済的に重要なファイトケミカルについても解説し、この植物が耐塩性作物開発のための遺伝資源となり得る可能性を紹介している。(pp. 535-554)
Taxonomy/Phylogenetics/Evolutionary Biology
北アメリカ西部の暁新世と中新生におけるスイセイジュ属
Manchester SR (2025)
Tetracentron (Trochodendraceae) in the Paleocene and Miocene of western North America. J Plant Res 138:555-561
スイセイジュ属はアジアにしか現存していないが、化石では北半球に広く分布が確認されている。本研究では北アメリカの化石標本から本属の新種を発見し、マイクロCTスキャンにより形態の詳細を明らかにした。本種の発見は、本属とヤマグルマ属が約6000万年前にすでに分岐していたことを示している。(pp.555 -561)
高山植物・イヌナズナ属の日本固有種群における非放散起源
Koda R, Murai Y, Ikeda H (2025)
Non-radiative origin for alpine endemics of Draba (Brassicaceae) in the central mountains of the Japanese Archipelago. J Plant Res 138:563-573
日本列島に生育する高山植物の多くは日本固有種である。これらの固有種が列島内で多様化したのか、異なる地域に由来する種が渡来したのかは検証されていない。イヌナズナ属の系統解析を行ったところ、中部地方固有の4種は分布域の異なる共通祖先をもつ二つの系統に分かれることが明らかとなり、後者の仮説が支持された。(pp. 563-573)
Ecology/Ecophysiology/Environmental Biology
畑地寄生植物ネナシカズラ(Cuscuta campestris)に対するキク科植物「蘄艾(Artemisia argyi var. argyi cv. Qiai)」の過剰補償応答
Yu X, Wu T, Wang WB, Ma TY, Ma QY, Zhang JY, Zhang JL (2025)
Over-compensation of the native herb Qiai (Artemisia argyi var. argyi cv. Qiai) to infection with alien field dodder (Cuscuta campestris). J Plant Res 138:575-586
中国・蘄州の伝統薬用植物「蘄艾」に寄生したネナシカズラの影響を2年間調査した。炭素・窒素の安定同位体を用いた解析により、宿主蘄艾はネナシカズラの寄生によってシンク・ソースのバランスを変化させ、地上部バイオマスを過剰に増加させる過剰補償の現象を初めて明らかにした。(pp. 575-586)
ブラジルのセラードと季節林における木本種の芽の構造・芽吹きの時期・樹冠構造の比較
da Cruz GTT, Costa GB, Melo NMJ, Puntieri JG, Souza JP (2025)
Bud structure, time of budbreak and crown architecture in woody species from Cerrado and seasonal forests of Brazil. J Plant Res 138:587-601
ブラジルのセラード(CSS)と半落葉性季節林(SSF)において、4種の木本の芽の構造、芽吹きの時期、樹冠構造を比較した。シュートのサイズはCSSの木でSSFよりも大きく、低出葉の数には種間差があった。芽吹きの時期はBauhinia ungulata種のみ降雨と相関があった。芽のサイズと樹冠構造とは相関がなかった。(pp. 587-601)
Morphology/Anatomy/Structural Biology
8本の雄しべをもつカエデ属における雄しべ群の相同性に関する発生学的研究
Zavialov AE, Remizowa MV (2025)
Androecium homologies in eight-staminate maples: a developmental study. J Plant Res 138:603-624
カエデ属は、5数性の花被と8本の雄しべをもつ。2本の雄しべは失われたと考えられているが、その起源は不明である。走査型電子顕微鏡による観察の結果、由来が雄しべ単独の原基か花弁と共通の原基かに関わらず、特定の位置の2本の雄しべが失われていることが明らかとなった。(pp. 603-624)
Physiology/Biochemistry/Molecular and Cellular Biology
アブシシン酸はヒメツリガネゴケにおいてSnRK2およびABI3を介して非光化学消光を促進する
Maeng CH, Fujita T, Kishimoto J, Tanaka R, Takabayashi A, Fujita T (2025)
Abscisic acid enhances non-photochemical quenching through SnRK2 and ABI3 in Physcomitrium patens. J Plant Res 138:625-636
アブシシン酸はヒメツリガネゴケにおいて、SnRK2およびABI3を介してLHCSRの発現やキサントフィルの蓄積を促し、それにより非光化学消光を高めることで、陸上環境への適応を助ける役割を果たしている可能性が示唆された。(pp. 625-636)
細胞学的研究とトランスクリプトーム解析によるニンニク(Allium sativum)の花粉発生停止に関する候補遺伝子の探索
Fan B, Chen Q, Zhou S, Zhang Y, Wang Y, Shang Y, Zhang N, Liu X, Wang Z (2025)
Exploring candidate genes related to pollen abortion in garlic (Allium sativum) based on cytological studies and transcriptome sequencing. J Plant Res 138:637-651
新疆ニンニクでは一見正常に雄しべが発生するものの、ほとんどの花粉粒が致死である。本研究では、細胞学的手法とトランスクリプトーム解析を組み合わせ、R2R3-MYB遺伝子群が花粉タペータムの分解遅延や花粉壁の異常発達を引き起こし、花粉発生停止の原因となっている可能性を見出した。(pp. 637-651)
テッポウユリの雄原細胞におけるクロマチン構造と転写活性領域の動的変化
Shibuta MK, Aso T, Okawa Y(2025)
Dynamic changes in chromatin structure and transcriptional activity in the generative cells of Lilium longiflorum. J Plant Res 138:653-666
テッポウユリを用いて二細胞性花粉の雄原細胞を解析し、成熟花粉では乾燥に伴ってクロマチンがリボン状に凝集し、転写活性領域はクロマチン間隙に限定されること、花粉管伸長過程では細胞分裂に先立って転写の再開が起こることを明らかにした。(pp. 653-666)
リン酸トランスポーター4;4の発現抑制がイネの光合成に及ぼす影響
Harada R, Sugimoto T, Takegahara-Tamakawa Y, Makino A, Suzuki Y (2025)
Effects of suppression of phosphate transporter 4;4 on CO2 assimilation in rice. J Plant Res 138:667-677
リン酸トランスポーター4;4の遺伝子発現を著しく抑制した遺伝子組換えイネでは、葉身窒素量当たりのCO2同化速度が低下する傾向にあった。このことから、リン酸トランスポーター4;4はイネのCO2同化における無機リン酸の恒常性に、その作用は強くはないものの寄与していることが示唆された。(pp. 667-677)
シロイヌナズナのSUPPRESOR OF GAMMA RESPONSE 1はDNA二本鎖切断に応答してCCS52A1の発現を誘導することで根でのDNA倍加の早期移行を促進する
Wada T, Sakamoto AN, Umeda M, Takahashi N (2025)
SUPPRESOR OF GAMMA RESPONSE 1 promotes early onset of endoreplication upon DNA double-strand breaks by inducing CCS52A1 expression in Arabidopsis roots. J Plant Res 138:679-693
シロイヌナズナではDNA損傷に応答して、核内倍加への早期移行が引き起こされる。本論文では、NAC型転写因子SOG1が後期促進複合体(APC/C)の活性化因子CCS52A1の発現を直接誘導することで、根におけるDNA倍加の早期移行を促進することを明らかにした。(pp. 679-693)