第29代会長の挨拶

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2017年会長あいさつ

戸部 博(京都大学名誉教授)

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 公益社団法人として再スタートした日本植物学会も年度内には早くも6年目に入ります。昨年は重要な公益活動の1つである研究発表のための学会大会が、初めて沖縄県において開催され、しかも第80回という節目の記念大会としてたくさんの会員の参加がありました。国際シンポジウムや大きな会場いっぱいに広げられたポスター発表は盛況で、その裏には大会実行委員会の行き届いたさまざまな趣向を凝らしたアイディアと温かい配慮があり、充実した大会となりました。改めて大会実行委員会の方々にお礼を申し上げます。

 この数年、植物学会会員は減少傾向にあります。背景には学会員の高齢化や身分不安定な若手研究者の現状に加え、研究の場が、魅力ある職場として機能しなくなったことがあると思います。あるいは、会員のかたちをとらなくても容易に学術情報が入手できるようになった最近の変化も原因にあるかも知れません。会員の減少傾向は古くからある学会ではどこでも起きています。それだからと言って、植物科学の基礎研究の要である当学会としてはこのままで良いわけではなく、憂慮すべき状況にあると思います。私が参加している日本学術会議植物科学分科会でも議論していますが、うまい解決策が浮かび上がってきません。

 そんな中、昨年は長い間会員であった千原光雄先生と河野昭一先生のお二人の先生が亡くなられました。千原先生は藻類の分類学研究で、河野先生は種生物学の研究分野で、それぞれ海と山をフィールドにし、ともに植物科学の基礎研究に多大な貢献をされ、多くの後継の研究者を育てられました。千原先生は、創設されたばかりの植物学会奨励賞の受賞者の1人として私が選ばれたとき、賞状を授与下さった学会長でした。海岸の岩場をサンダルで歩いて海藻採集をし、そのついでにタコを見つけてヒョイと引き上げるのが上手で、よくそのタコを酒のつまみにしたものでした。河野先生は研究を熱く語る一方、酔うと得意の演歌をよく歌っていました。お二人の長年の貢献に感謝し、ご冥福をお祈りします。

 その一方、昨年は植物学会会員のお一人である大隅良典先生が、ノーベル生理学・医学賞を受賞するというホットなニュースに沸きました。大隅先生は2007年に植物学会学術賞も受賞しておられます。オートファジーという現象について、酵母を使って光学顕微鏡や電子顕微鏡で捉え、さらにその仕組みを分子生物学的に解明しました。内容は基礎研究そのものです。細胞内にできた二重膜構造体(オートファゴソーム)が自ら作ったタンパク質などの細胞質成分を食べ、液胞と融合し、液胞内で分解する。液胞といえば植物細胞でしたが、その液胞が着目されるようになりました。液胞内で分解に関与する遺伝子を探すため顕微鏡で1つ1つ変異株を地道に探されたそうです。遺伝子が分かればタンパク質が分かり、そこからオートファジー研究が哺乳類を使った成果中の研究へと広がり、ガン細胞や病原体の排除などさまざまな研究にまで発展しているそうです。大隅先生ご自身は、酵母の研究がいつかノーベル賞に結びつくとは考えてもいなかったでしょう。ただ顕微鏡の視野にある酵母のオートファジーの世界に不思議さと面白さとを感じ、ただ知りたいという思いが、さまざまな思考を重ねることになったのだと思います。知りたい、伝えたいというのは基礎科学研究の面白さそのものでしょう。

 大隅先生は各所で、基礎研究の大切さを訴えておられます。それが科学行政や若い人たちの意識に伝わってくれればと願わずにいられません。会員が減少傾向にある中、当学会の会員の一人ひとりが、植物科学の基礎研究の担い手として、面白い研究を発信されるよう期待しております。

2016年あいさつ 第80回沖縄大会、男女共同参画、ほか

戸部 博(京都大学名誉教授)

今年は沖縄県(沖縄コンベンションセンター)で第80回大会が開催されます。9月16日(金)から19日(日)の4日間です。ただし、最終日9月19日は公開講演会のみの開催です。沖縄で大会が開催されるのは日本植物学会創設130年を越える歴史の中で初めてのことで、沖縄にとっても植物学会にとっても記念すべき大会となります。その大会を成功させようと沖縄県の会員が中心となった実行委員会が懸命の準備をしており、いよいよ3月初めからシンポジウムの募集が、4月下旬から一般発表の申込受付が開始される予定です。ふだん沖縄を研究活動の場として利用してきた分類学や生態学分野のほか、これまで沖縄に出かける機会の少なかった研究分野から多数の参加を期待しております。

日本植物学会は4年ほど前に公益社団法人として再スタートしました。この間、2つの公益事業、すなわち(1)学会誌および学術図書の発行、およびインターネットによる植物学と関連技術の最新情報の公表、(2)研究発表大会およびシンポジウム・学術講演会・講習会の開催、および関連団体との協働による植物科学の発展と関連技術の振興の推進、は順調に行われてきました。JPRは、日本学術振興会から5年間大きな財政支援を受け国際情報発信強化に努めることになりました。学会HPの英語版もリニューアルされております。JPRシンポジウムはそのための大きな推進力です。面白い、優れた研究内容のシンポジウム案の提案をお願い致します。

さて、男女共同参画は、学術研究の場にとって大きな課題です。学術分野になぜ女性研究者の参画が必要か、それは研究トップレベルの上昇と活性化のためと私は考えております。いま、日本の論文数が減ってきています。会員の皆さんは平成11年6月に制定された「男女共同参画社会基本法」をご存じでしょうか? その第二条一項に「男女が、社会の対等な構成員として、共に責任を担う、」(抜粋)とあります。現実の日本の社会ではそのようになっていないため、平成18年以降、さまざまな「積極的改善措置」(ポジティブ・アクションと言います)をとってきました。女性研究者にとって不便があればそれを取り除き、さらに積極支援や採用をしようとしたものです。ところが、その効果はあるものの、大学及び公的研究機関の取り組みはバラバラで、過去10年間女性研究者の比率はわずか増えただけでした。平成26年、政府が「科学技術イノベーション総合戦略2014」で盛り込んだ女性研究者採用比率を(2016年までに)3割に到達しようとすると、実は現在の上昇率ではまだ50年かかる予測です。日本植物学会でも男女共同参画委員会を設け、毎年大会のおりにランチョン・セミナーを開催し、会員の中に理解を広げてきました。女性研究者を増やすといってもにわかにできるものではありません。裾野の広がりが必要です。会員の皆さんが所属するそれぞれの職場(できればそのトップ)、友人、家庭などに、さらに理解を広げていただけるようお願い致します。

最後に、学会運営において最も重要な予算及び事業計画案は、一旦理事会承認事項になっておりましたが、昨年から代議員承認事項に変更されました。公益社団法人になって以来さまざまな規則にやや振り回されてしまいましたが、これで本来あるべきかたちに戻ったことをお伝え致します。

2015年あいさつ

戸部 博(京都大学名誉教授)

日本植物学会は創設130年の節目にあたる2012年、公益社団法人日本植物学会として新たな1歩を踏み出し、ほぼ同時に新しいロゴマークも生まれました。本学会は公益目的事業として次の2つのミッションがもっております。(1)学会誌および学術図書の発行、およびインターネットによる植物学と関連技術の最新情報の公表、(2)研究発表大会およびシンポジウム・学術講演会・講習会の開催、および関連団体との協働による植物科学の発展と関連技術の振興の推進、です。少し早いかも知れませんが、この数年の活動を振り返り、自己点検・評価をし、2015年以降の取り組みについて触れてみたいと思います。

学会誌Journal of Plant Researchは2014年末までに127巻目を出版しました。分類・形態・生理・生態・遺伝学分野等、あらゆる分野の植物科学の基礎研究の研究成果を発表してきました。JPRは、ご存じのように生物学・医学分野の世界のジャーナル100選の1つに選ばれております。例年多数の投稿原稿が寄せられ、私が昨年11月24日に投稿したEmblingiaの花の形態研究の原稿の受付番号は550番目でした。JPRの最新2013年のインパクト・ファクターは2.507(2012年は2.059)です。インパクト・ファクターは着実に且つ急上昇しています。2014年には国際情報発信強化のための計画が評価され、JPR刊行に対して日本学術振興会から大きな財政支援を受けました。JPR刊行が植物科学の発展に大きく寄与していると思われます。

一方、研究発表大会およびシンポジウム等の開催については、2012年第76回大会(姫路)、2013年第77回大会(札幌)、2014年第78回大会(神奈川)が開催されてきました。多数の会員による講演やポスター発表がありました。加えて、10年以上続いてきた高校生によるポスター発表も回を重ねるごとに定着し、最近では高校生と会員の交流も進むようになってきました。植物科学の面白さが若い世代へと伝えられる良い機会となっていると思われます。一部のシンポジウムは関連団体との共催でした。またシンポジウムでは、研究テーマのみならず、ABS問題や若手研究者のキャリアパスなどもテーマとして取り上げられ、とりわけ若手研究者のキャリアパスをテーマにしたシンポジウムは大きな関心を集めました。

これらの状況をみると、2つのミッションを当学会は十分に遂行してきていると思われます。2015年からは新たに組みなおした広報委員会が活動を始めます。会員への役立つさまざまな情報が発信します。とくに、「植物科学の最前線」、「研究トピック」などの内容充実をはかり、最新の研究成果を専門以外の人たちにも分かりやすくお知らせいたします。お楽しみにお待ち下さい。

最後に、学会運営についてのお知らせです。私が会長をお引き受けして以来、次々に定款に変更が加えられ、事業計画や予算案など学会の重要案件が、代議員会ではなく理事会で議論なされるようになりました。これは学会運営を公益社団法人の法律に合わせて行うため、やむなく行ってきたことでした。しかし、本学会の構成や性格を考え、少しでも会員の皆さんの意見が汲み上げられるようなかたちに、ルールの範囲内で是正するつもりです。今後とも、会員の皆様のご協力をお願い致します。

第29代日本植物学会会長就任にあたって

戸部 博(京都大学名誉教授)

平成25年3月2日に開催された定例代議員会・理事会の議を経て、このたび公益社団法人日本植物学会会長に就任することになりました。本会は、創立以来130年を超える長い活動の歴史をもつ国内で最も古い学会の一つです。責任の重みを感じております。就任にあたって簡単な自己紹介とご挨拶をさせていただきます。

戦後間もない青森県青森市生まれのいわゆる団塊の世代です。東北大学で植物分類学を学び、学位も取らない未熟のまま千葉大学に職を得て、さらに京都大学へと移りました。1980年代の初めには2年間米国セントルイスにあるミズーリ植物園にて研究の機会を得ました。そこでの体験を経て、研究に対する世界観が大きく変わりました。国外に多くの友人を得ました。どう変わったかうまく説明ができませんが、少なくとも研究の世界が国内から国外へ広がり、その後の研究活動に大きな変化をもたらしました。若い人たちに国外で研究する機会をつくって欲しいと切に願う最大の理由です。

しかし「少年老い易く学成り難し」、です。被子植物に限っても世界にはまだ良く知られていない植物が無数にあります。それを伝えたいと思い、60歳になった頃から参加している2つの国内の学会大会で毎年オリジナルな研究成果を発表しようと心がけ昨年まで続けてきました。しかしデータがたまる一方で論文にならない、そのうちにまた学会大会がやってくる、という悪循環に入り、とうとう学会発表はストップしました。「少年老い易く、、」の思いに追い打ちをかけられております。ここまでが自己紹介です。

さて、日本植物学会は、昨年7月から公益目的の事業を行う学術団体へと生まれ変わりました。今その運営を引き継ぐことになり、認可に向けてこれまでの努力してこられた前会長福田先生や前専務理事久掘先生始めとする前執行部の方々へ、他の全ての会員を代表しお礼を申し上げたいと思います。と同時に、会員の皆様へは、新会長としてまずは当学会の使命である公益目的事業の推進を強く意識した学会運営に努める所存であることをお伝えしたいと思います。

ここで、改めて本学会の公益目的事業である次の2点を確認したいと思います。(1)学会誌および学術図書の発行、およびインターネットによる植物学と関連技術の最新情報公表、(2)研究発表大会およびシンポジウム・学術講演会・講習会の開催、および関連団体との協働による植物科学の発展と関連技術の振興の推進、です。
私の会長就任とともに、執行部の顔触れも変わりました。業務執行理事と代議員選挙によって選出された理事、併せて12名です。詳しくは学会HPをご覧ください。新執行部として、上記の公益性を意識し、社会に役立つ植物学会であることを念頭においた活動を行うために微力を尽くしたいと思っております。業務執行理事の多くは私も含めこれまで学会運営にほとんど携わったことがありません。しばらく不慣れをご容赦ください。しかし公益目的事業は執行部だけが行うものではありません。会員の皆様からも、ご協力とご支援を頂けますようお願い致します。

今年になって日本経済も明るさを取り戻しつつある印象を受けます。しかし、当学会をとりまく状況は必ずしも明るいものではありません。幾つかの課題があります。
1つは、会員数の減少です。国内人口の減少と高齢化、大学等の国内研究機関におけるポストの減少、後者の問題と無関係とは思えない博士課程進学者の減少、研究分野の細分化による研究者の拡散など、これらの情勢を客観的にみれば今起きていることはやむを得ないことかも知れません。しかし、植物学会はあらゆる植物科学分野を包括する学術コミュニティとして比類なき存在であり、公益目的事業を推進する学会として姿を変えた今、今後も会員数が減少を続けるなら、それは好ましいことではありません。会員数の維持のため積極的な工夫、例えば会員カテゴリーに工夫を加えることによって、退会抑止や新たな会員の掘り起こしなどができないかと考え始めております。

もう1つは、これまでJPR刊行を支えてきた科学研究費・研究成果公開促進費「学術刊行物」の制度見直しに伴う出版経費の不足です。不足分を補うために会費値上げなどできる状況ではありません。そこで、国際的なペーパーレス出版の動向を踏まえた対策をとるなど、新たな工夫の検討が必要になりました。JPRは、ご存じのように生物学・医学分野の世界のジャーナル100選の1つに選ばれた当学会自慢の公益事業の顔です。このジャーナルの刊行が困難になるようであってはなりません。

公益社団法人への生まれ変わりは、植物学会がこれらの課題に対する解決策を得るための力となってくれればと思っております。今後、具体策が出てきたとき、早急にそれらを会員の皆様にお伝えすることにより、率直なご意見をいただきながら、問題解決を図り、学会の発展に貢献できるよう努めたいと思っております。