2008年01月号 (Vol.121 No.1)
植物学とJPRの展望
Nishitani K(2008) Looking toward the future of plant biology and the Journal of Plant Research. J Plant Res 121:1-2大きく変わりつつある植物学の中でのJPRの編集・発行状況と2008年の新編集体制.(p.1-2)
4種の単細胞藻類,シアニディオシゾン,オストレオコッカス,クラミドモナス,タラシオシラのゲノム解析とその意義
Misumi O, Yoshida Y, Nishida K, Fujiwara T, Sakajiri T,Hirooka S, Nishimura Y, Kuroiwa T (2008) Genome analysis and its significance in four unicellular algae, Cyanidioschyzon merolae, Ostreococcus tauri, Chlamydomonas reinhardtii, and Thalassiosira pseudonana. J Plant Res 121:3-17地球環境の維持や物質生産に関して重要な役割を担っている藻類のゲノムについて,塩基配列が解読された4種を取り上げてその特徴と最近の研究例について紹介する.特に,ゲノム情報解読の意義が生物現象を解明する点にあることをシゾンとクラミドモナスの実例を基に解説する.(p.3-17)
葉緑体DNA塩基配列(trnL-F および rps4-trnS)に基づいた中国産イノデ属(オシダ科)の系統
Li C-x, Lu S-g, Barrington DS (2008) Phylogeny of Chinese Polystichum (Dryopteridaceae) based on chloroplast DNA sequence data (trnL-F and rps4-trnS). J Plant Res 121:19-26中国産イノデ属51種と近縁属21種について,葉緑体DNA塩基配列を解析し,進化上の関係とその系統,生態地理学的な分布を調査した.結果は,これまで考えられていた通り,中国産イノデ属が側系統性であることを示すものであった.本研究は,規模が大きく,系統的に複雑なイノデ属の新しい分類に分岐論的な系統学上の枠組みを与えるものである.(p.19-26)
ホシザキシャクジョウ(ヒナノシャクジョウ科)の18S rDNA配列情報に基づく系統的位置
Yokoyama J, Koizumi Y, Yokota M, Tsukaya H (2008) Phylogenetic position of Oxygyne shinzatoi (Burmanniaceae) inferred from 18S rDNA sequences. J Plant Res 121:27-32ホシザキシャクジョウ属(Oxygyne)を構成する種は,いずれも極めて稀な種であり,系統の解明が進んでいない.今回,ホシザキシャクジョウの生品を得,18S rDNA 配列から系統解析を行った.その結果,厳密な位置は定まらなかったが,タヌキノショクダイ族に属することが判明した.(p.27-32)
連続した2回の一斉開花において熱帯林冠構成樹種Shorea acuminata(フタバガキ科)で観察された,サイズに関係した開花と繁殖量
Naito Y, Kanzaki M, Numata S, Obayashi K, Konuma A, Nishimura S, Ohta S, Tsumura Y, Okuda T, Lee SL, Muhammad N (2008) Size-related flowering and fecundity in the tropical canopy tree species, Shorea acuminata (Dipterocarpaceae) during two consecutive general flowerings. J Plant Res 121:33-42連続した2度の繁殖イベントにおけるShorea acuminata成木個体群の開花調査と繁殖量評価から,個体サイズと繁殖の関係性を調べた.その結果,結実量を除く,開花頻度,開花量,総乾燥果実重,繁殖への資源投資パターンにおいてサイズ依存的な関係性が認められた.(p.33-42)
冷温帯林床に生育する夏緑草本ヤマタイミンガサの葉の生理生態への土壌水分の効果
Tomimatsu H, Hori Y (2008) Effect of soil moisture on leaf ecophysiology of Parasenecio yatabei, a summer-green herb in a cool–temperate forest understory in Japan. J Plant Res 121:43-53光合成活性(Amax)と気孔コンダクタンス(gs)及び葉寿命は斜面の土壌水分量にともなって変化し,斜面下部のAmaxとgsは上部よりも約1.5倍大きく,葉寿命は約80日短かかった.この現象は光合成組織の不活性化の進行が斜面下部では早いためによる事が示された.(p.43-53)
モモ果実の中果皮の細胞間競争は野生種(Prunus davidiana)ゲノムの比率により影響をうけるのか?
Quilot B, Génard M (2008) Is competition between mesocarp cells of peach fruits affected by the percentage of wild species (Prunus davidiana) genome? J Plant Res 121:55-63野生種(P. davidiana)のゲノム含有比率の異なるモモ品種について,果実の細胞数と細胞体積を調べた.「資源のための競争モデル」に基づいてパラメータを解析した結果, P. davidianaゲノムは最大細胞数と競争力に影響するが,細胞体積には影響しないとの結論を得た.(p.55-63)
アブラナ科一年生草本タチスズシロソウの繁殖様式
Sugisaka J, Kudoh H (2008) Breeding system of the annual Cruciferae, Arabidopsis kamchatica subsp. Kawasakiana. J Plant Res 121:65-68アブラナ科シロイヌナズナ属タチスズシロソウの繁殖様式を調べるため野外実験を3集団で行った.除雄と袋掛けを組み合わせた処理を花に施して結実率を調べた.雄蕊があれば袋掛け下でも高い結実率を示すことから,自動自家受粉による結実が可能である事が示唆された.(p.65-68)
ジャゴケの空飛ぶ精子
Shimamura M, Yamaguchi T, Deguchi H (2008) Airborne sperm of Conocephalum conicum (Conocephalaceae). J Plant Res 121:69-71タイ類のジャゴケが精子を空中に放出する様子を撮影することに成功した.また,野外でコケ植物の精子が空中に浮遊していることを観測した.乾燥した条件下で雌雄の株が離れて生育している場合,精子の空中散布は受精の効率を上げるための有効な手段となっていると考えられる.(p.69-71)
ハスイモ(サトイモ科)の熱産生と開花の生物学
Ivancic A, Roupsard O, Garcia JQ, Melteras M, Molisale T, Tara S, Lebot V (2008) Thermogenesis and flowering biology of Colocasia gigantea, Araceae. J Plant Res 121:73-82ハスイモの開花過程と熱産生をバヌアツのエスプリッツ・サント島で観察した.肉穂花序下部の不稔の雄花で熱産生がおこり,雌花期には42.25 ± 0.14°C,雄花期には35.14 ± 0.22°Cの温度ピークを記録した.それぞれ気温より16.63°C,10.61°C高い温度であった.発熱は花粉媒介昆虫の活動時期と関連していた.(p.73-82)
ヒノキ科タイプ花粉の外層裂開の重要性
Takaso T, Owens J N (2008) Significance of exine shedding in Cupressaceae-type pollen. J Plant Res 121:83-85ヒノキ科タイプの花粉では,花粉が受粉滴に接すると花粉外層が裂開し,内容物が放出される.この内容物は,弾力的に形を変えることができる花粉内層で覆われている.シミュレーション観察から,外層を放出することで花粉内容物が効果的に珠心に運ばれることが示唆された.(p.83-85)
塩により誘導されるシロイヌナズナ根毛発生の可塑性は,イオンの非平衡に起因する
Wang Y, Zhang W, Li K, Sun F, Han C, Wang Y, Li X (2008) Salt-induced plasticity of root hair development is caused by ion disequilibrium in Arabidopsis thaliana. J Plant Res 121:87-96塩ストレス誘導性のイオン非平衡は根毛の成長だけでなく,根毛の形態にも影響を与える.今回の実験結果は塩誘導性の根毛の可塑性が,過剰な塩の取り込みを軽減するための適応機構の一つの現れであることを示唆している.また,ストレス下の植物では,根表皮の細胞分化にWERや GL3, EGL3, CPC, GL2などの遺伝子が関与することも示唆された.(p.87-96)
青色光はシロイヌナズナの青色光受容体と推定されるPAS/LOV PROTEINとその相互作用因子との相互作用を減弱する
Ogura Y, Komatsu A, Zikihara K, Nanjo T, Tokutomi S, Wada M, Kiyosue T (2008) Blue light diminishes interaction of PAS/LOV proteins, putative blue light receptors in Arabidopsis thaliana, with their interacting partners. J Plant Res 121:97-105シロイヌナズナPAS/LOV PROTEIN(PLP)は,タンパク質−タンパク質間相互作用ドメインPASと青色光受容ドメインLOVを有する青色光受容体候補因子である.本研究では,酵母two-hybrid法によりPLP相互作用因子を単離し,それらとPLPとの相互作用が青色光下で減弱することを示した.(p.97-105)
p-chlorophenoxyisobutyric acidはキュウリの芽ばえの重力に応答したペグ形成のためのオーキシン応答を阻害する
Shimizu M, Miyazawa Y, Fujii N, Takahashi H (2008) p-Chlorophenoxyisobutyric acid impairs auxin response for gravity-regulated peg formation in cucumber (Cucumis sativus) seedlings. J Plant Res 121:107-114キュウリの芽ばえは,重力刺激に応答して胚軸と根の境界域の下側に突起 (ペグ) を形成する.PCIB(アンチオーキシン)の処理が境界域でのオーキシン制御遺伝子の偏差的発現とペグ形成を抑制することを示し,オーキシン応答がペグ形成を誘導することを証明した.(p.107-114)
コーヒー酸とフェルラ酸,p-クマル酸がペルオキシダーゼ/過酸化水素-触媒により酸化され生成するフェノキシラジカルのアスコルビン酸とNADHの共酸化に対する効果
Hadži-Tašković Šukalović V, Vuletić·M, Vučinić Z, Veljović-Jovanović S (2008) Effectiveness of phenoxyl radicals generated by peroxidase/H2O2-catalyzed oxidation of caffeate, ferulate, and p-coumarate in cooxidation of ascorbate and NADH. J Plant Res 121:115-123ダイズとトウモロコシ,ハツカダイコン由来のペルオキシダーゼにより生成するフェノキシラジカルが,アスコルビン酸とNADHを共酸化する速度を調べた.上記のヒドロキシ桂皮酸類は,アスコルビン酸では共酸化効率に違いが見られなかったが,NADHではp-クマル酸はコーヒー酸よりも共酸化効率が高く,フェルラ酸は全く共酸化活性を示さなかった.(p.115-123)
AtNCED3およびAAO3遺伝子のソラマメ孔辺細胞での一過的発現は気孔の閉鎖をもたらす
Melhorn V, Matsumi K, Koiwai H, Ikegami K, Okamoto M, Nambara E, Bittner F, Koshiba T (2008) Transient expression of AtNCED3 and AAO3 genes in guard cells causes the stomatal closure in Vicia faba. J Plant Res 121:125-131シロイヌナズナABA生合成酵素遺伝子(AtNCED3, AAO3)をソラマメ孔辺細胞に導入したところ,前者は葉緑体で後者は細胞質で発現が観察された.これらの孔辺細胞では気孔開度の減少が観察されることから,ABAが孔辺細胞内で合成される可能性が示唆された.(p.125-131)
ヤマトシジミの翅に蓄積されるカタバミの葉由来フラボノイドの同定
Mizokami H, Tomita-Yokotani K, Yoshitama K (2008) Flavonoids in the leaves of Oxalis corniculata and sequestration of the flavonoids in the wing scales of the pale grass blue butterfly, Pseudozizeeria maha. J Plant Res 121:133-136カタバミの葉の分析を行い,主要フラボノイド3種を同定した.さらに,その葉を幼虫時期の食草とするヤマトシジミの翅のフラボノイドの分析を行った.その結果,ヤマトシジミの翅には,食草由来のフラボノイドの内1種が選択的に蓄積されていることが明らかとなった.(p.133-136)