2021年1月号(Vol.134 No.1)
Current Topics in Plant Research
植物の速い運動
Mano H, Hasebe M (2021)
Rapid movements in plants. J Plant Res 134:3-17
オジギソウや食虫植物は秒またはそれ以下の時間で完了する速い運動を行う。これらの運動は、気孔開閉の仕組みである単細胞レベルの膨圧変化と細胞壁弾性に加え、三次元構造変化や細胞間シグナル伝達等の多細胞レベルの仕組みを用いている。本総説では植物の速い運動について最近の知見を加えて概説する。(pp. 3-17)
腐生菌に依存する菌従属栄養植物の進化史と菌根共生
Ogura-Tsujita Y, Yukawa T, Kinoshita A (2021)
Evolutionary histories and mycorrhizal associations of mycoheterotrophic plants dependent on saprotrophic fungi. J Plant Res 134:19-41
光合成をやめて菌根菌に栄養を依存するという不思議な進化を遂げた菌従属栄養植物。その中でも木材や落ち葉を分解する菌類(いわゆる腐生菌)と共生するグループは世界的に見ても珍しく、ラン科植物内にのみみられます。これらの進化史や菌根菌の情報を綺麗な写真とともにまとめました。(pp. 19-41)
パラゴムノキ乳液のプロテオームの分析法と進展
Habib MAH, Ismail MN (2021)
Hevea brasiliensis latex proteomics: a review of analytical methods and the way forward. J Plant Res 134:43-53
パラゴムノキの乳液は天然ゴムの資源として重要であるのみならず、そこに含まれるタンパク質が病原体や傷等のストレスに対する防御応答にも関わることから生物学的役割にも関心がもたれている。本総説では乳液タンパク質の抽出法や同定法に関する最新の知見を紹介する。(pp. 43-53)
Taxonomy/Phylogenetics/Evolutionary Biology
ウラボシ科アヤメシダ亜科の胞子表面の微細構造
Chen C-C, Liu H-Y, Chen C-W, Schneider H, Hyvönen J (2021)
On the spore ornamentation of the microsoroid ferns (microsoroideae, polypodiaceae). J Plant Res 134:55-76
ウラボシ科アヤメシダ亜科の17系統100分類群の胞子表面の微細構造を調べ、系統樹にもとづき形質進化の過程を明らかにした。胞子表面構造の祖先形質は、Goniophlebieae連とLecanoptereae連が疣紋、Microsoreae連が平滑状紋、Lepisoreaeが皺状紋であると推定された。また、Lecanoptereae連は5つの連の中で最も多様な胞子形態を示すことが明らかとなった。(pp. 55-76)
キセルガイの殻上で生育する新奇緑藻Annulotesta cochlephilaの分類学的研究
Namba N, Nakayama T (2021)
Taxonomic study of a new green alga, Annulotesta cochlephila gen. et sp. nov. (Kornmanniaceae, Ulvales, Ulvophyceae), growing on the shells of door snails. J Plant Res 134:77-89
日本の複数地点で複数種のキセルガイの殻から着生藻を発見し、培養株を確立した。形態観察や分子系統解析の結果、これらの株は互いに類似し、また既知種とは異なることから、モツキヒトエグサ科の新属新種緑藻としてここに報告する。本種は、キセルガイと特異的な関係にあると考えられる。(pp. 77-89)
東アジアに広域分布するキバナシャクナゲ(ツツジ科)の遺伝構造解析
Polezhaeva MA, Tikhonova NA, Marchuk EA, Modorov MV, Ranyuk MN, Polezhaev AN, admayeva NK, Semerikov VL (2021)
Genetic structure of a widespread alpine shrub Rhododendron aureum (Ericaceae) across East Asia. J Plant Res 134:91-104
マイクロサテライトマーカーおよび生態ニッチモデリングにより、キバナシャクナゲの分布形成過程を明らかにした。シベリア、北東アジア、北太平洋地域の3つの系統が認識され、これらの系統は最終氷期以前に別れたことや、北太平洋地域から他の地域への分布拡大が生じたことが示された。(pp. 91-104)
Ecology/Ecophysiology/Environmental Biology
倍数性と高い環境耐性が侵略的成功を増す
Moura RF, Queiroga D, Vilela E, Moraes AP (2021)
Polyploidy and high environmental tolerance increase the invasive success of plants. J Plant Res 134:105-114
侵略的植物99種についてのデータベース情報を用いて、侵略的成功に対するゲノムサイズと倍数性の効果を、高温などへの耐性とともに解析した。その結果、ゲノムサイズの効果は確認されなかったが、倍数体であることと高い環境耐性が侵略的成功に寄与すると考えられた。(pp. 105-114)
先駆的蘚類エゾスナゴケ(Racomitrium japonicum)の生産量に及ぼす温暖化の影響:季節変動および年変動
Osaki S, Nakatsubo T (2021)
Effects of climate warming on the production of the pioneer moss Racomitrium japonicum: seasonal and year-to-year variations. J Plant Res 134:115-126
温帯域の遷移初期に優占するエゾスナゴケに対する温暖化の影響を明らかにするため、光合成・呼吸特性をもとに生産量推定モデルを構築した。シミュレーションの結果、季節間での影響の差や年変動はあるものの、温暖化によって年間の生産量が減少することが予測された。(pp. 115-126)
Morphology/Anatomy/Structural Biology
ブラッドウッドの名称の由来であるSwartzia種の赤い樹液の構成成分と分泌器官
de Oliveira CA, Mansano VF, Teixeira SP, Brandes AFN, Baratto LC, Leitão SG, Santana MN, Rodrigues IA, Paulino JV (2021)
Bloodwood: the composition and secreting-site of the characteristic red exudate that gives the name to the Swartzia species (Fabaceae). J Plant Res 134:127-139
Swartzia 種は赤い樹液を分泌することからブラッドウッド(血の木)と呼ばれている。Swartzia flaemingii と S. langsdorffiiの樹液の成分分析により、樹液にはスクロースやカテキン類等に加えて、高濃度のフラボノイドや抗酸化物質が含まれていた。この樹液はマメ科では珍しい乳管から分泌されていることが判明した。(pp. 127-139)
Physiology/Biochemistry/Molecular and Cellular Biology
リョクトウ由来のVrLELPはシロイヌナズナで花成制御に関わる
Shi R, Xu W, Liu T, Cai C, Li S (2021)
VrLELP controls flowering time under short-day conditions in Arabidopsis. J Plant Res 134:141-149
開花時期の制御は植物の繁殖に重要である。本研究ではリョクトウ(Vigna radiata)のロイシンリッチリピートを含むエクステンシ様タンパク質(VrLELP)をシロイヌナズナで過剰発現させると開花時期が遅れることを見出した。このことからVrLELPが新しい花成制御因子である可能性を考察する。(pp. 141-149)
鉄欠乏下において2種のイネ科植物であるオオムギとハマヒエガエリの根から分泌される有機化合物の変化
Nakib D, Slatni T, Foggia MD, Adamo Rombolà D, Abdelly C (2021)
Changes in organic compounds secreted by roots in two Poaceae species (Hordeum vulgare and Polypogon monspenliensis) subjected to iron deficiency. J Plant Res 134:151-163
イネ科植物の2種、Hordeum vulgare(オオムギ)とPolypogon monspenliensis(ハマヒエガエリ)を鉄が十分に存在する条件と欠乏する条件下で生育させ、根から分泌される有機化合物について調べた。その結果、ハマヒエガエリはオオムギに比べてより多くの有機化合物を分泌し、鉄欠乏に対してより耐性を示すことが明らかとなった。(pp. 151-163)
Bambusa balcooaの塩・乾燥応答性遺伝子による抗酸化酵素および浸透圧調整物質の制御
Syed BA, Patel M, Patel A, Gami B, Patel B (2021)
タケ(Bambusa balcooa)において、塩ストレスおよび乾燥ストレスに応答する遺伝子が解析された。これらのストレス下では、多くの抗酸化酵素の遺伝子発現や浸透圧調整物質の含有量が上昇した。また、これらの上昇はストレスの度合いと相関していた。(pp. 165-175)
Letter
長日植物と短日植物の光周期に対する応答の違いについて、フリーラジカルによる説明の試み
Gounaris Y (2021)
A proposed free radical explanation for the differential response of long-day and short-day plants to photoperiod. J Plant Res 134:177-178
花成ホルモンであるフロリゲンとしての役割は、FTタンパク質に帰属されている。しかし実際には、長日植物と短日植物の日長に対する応答性の違いなどいくつかの局面は、FTタンパク質だけでは説明できない。著者は、酸素フリーラジカルがこれらを説明する鍵分子ではないかと提唱している。(pp. 177-178)