2020年1月号(Vol.133 No.1)
Current Topics in Plant Research
水分屈性発現の分子機構:現象の「再」発見からこれまでに見えてきたこと
Miyazawa Y, Takahashi H (2020)
Molecular mechanisms mediating root hydrotropism: what we have observed since the rediscovery of hydrotropism. J Plant Res 133:3-14
根は土壌中の水分勾配を感受して水分の多い空間へと屈曲する。この水分屈性の分子機構は,様々な植物種を用いた解析により植物種間で異なることが明らかにされた。本総説では,水分屈性発現機構の種間での異同について,関与するホルモンやイオン,遺伝子の作用を挙げながら網羅的に解説する。(pp. 3-14)
Taxonomy/Phylogenetics/Evolutionary Biology
光合成装置を含む葉緑体膜の複雑な起源:異なる時期に多様な生物から多数の遺伝子移動が起きたのか,それとも単一の細胞内共生事象なのか
Sato N (2020)
Complex origins of chloroplast membranes with photosynthetic machineries: multiple transfers of genes from divergent organisms at different times or a single endosymbiotic event? J Plant Res 133:15-33
葉緑体の膜脂質合成酵素と光合成関連酵素には,シアノバクテリア以外に起源を持つものやリボソームとは異なる時期に獲得されたものが多数ある。葉緑体の成立過程はかなり複雑なものと考えられ,宿主が予め膜脂質合成系を準備したという宿主主導説を基に再検討することを提案する。(pp. 15-33)
Ecology/Ecophysiology/Environmental Biology
直達光と散乱光に対する光合成反応のタバコ葉の表裏非対称性
Wang X, Yan H, Wu B, Ma X, Shi Y (2020)
Dorsoventral photosynthetic asymmetry of tobacco leaves in response to direct and diffuse light. J Plant Res 133:35-48
植物は葉の表裏の構造を光環境に応じて変化させて光合成の効率化を図ることができる。本研究ではタバコを材料として,直達光と散乱光に対する葉の表裏の形態的構造と光合成反応を明らかにした。気孔密度や解剖学的構造,光化学特性,気孔コンダクタンスは直達光と散乱光の両方で非対称性が認められたが,散乱光の場合にはその傾向が弱まることが示された。(pp. 35-48)
Morphology/Anatomy/Structural Biology
タロイモ(Colocasia esculenta)は湛水土壌で根に通気組織と酸素漏出を抑制するバリアーを形成する
Abiko T, Miyasaka SC (2020)
Aerenchyma and barrier to radial oxygen loss are formed in roots of Taro (Colocasia esculenta) propagules under flooded conditions. J Plant Res 133:49-56
タロイモは農耕起源の根菜農文化をささえた歴史ある作物である。世界の湿潤な熱帯圏を中心に畑や水田で栽培されている。本論文では、水田栽培に通ずる嫌気条件下でタロイモは根に通気組織と酸素漏出を抑制するバリアーを形成していることが明らかにされた(タロイモの水田栽培が営まれるハワイにて)。(pp. 49-56)
Physiology/Biochemistry/Molecular and Cellular Biology
NaCl処理は塩生植物Suaeda salsaにおいて花粉発生に関わる遺伝子の発現を上昇させ、花粉の生存率と保存期間を著しく向上させる
Guo J, Dong X, Li Y, Wang B (2020)
NaCl treatment markedly enhanced pollen viability and pollen preservation time of euhalophyte Suaeda salsa via up regulation of pollen development-related genes. J Plant Res 133:57-71
塩生植物の栄養成長は一般に塩処理により促進される。しかし、同様の処理が生殖成長に及ぼす影響はよく知られていない。本論文では、塩生植物Suaeda salsaにおいて塩処理が花粉の生存率、保存期間を上昇させること、またRNA-seq解析等により複数の花粉発生遺伝子の発現を上昇させること報告する。(pp. 57-71)
コショウ果実の発達・成熟過程における植物ホルモンとトランスクリプトーム解析
Khew C-Y, Mori IC, Matsuura T, Hirayama T, Harikrishna JA, Lau E-T, Mercer ZJA, Hwang S-S (2020)
Hormonal and transcriptional analyses of fruit development and ripening in different varieties of black pepper (Piper nigrum). J Plant Res 133:73-94
コショウ果実の発達・成熟の制御機構解明のため、発達のばらつきが異なる3系統を用い、植物ホルモン分析とトランスクリプトーム解析を行った。開花と着果、果実の成長、成熟には、それぞれ異なるホルモンが重要な役割を持ち、複雑な制御ネットワークと植物ホルモン相互作用が示唆された。(pp. 73-94)
ギンネムから見つかった葉緑体システイン合成酵素の分子クローニング
Harun-Ur-Rashid M, Oogai S, Parveen S, Inafuku M, Iwasaki H, Fukuta M, Hossain MA, Oku H (2020)
Molecular cloning of putative chloroplastic cysteine synthase in Leucaena leucocephala. J Plant Res 133:95-108
ギンネムから単離された葉緑体型O-アセチルセリン(チオール)リアーゼはシステイン合成活性をもつことが示されました。この酵素は硫黄制限のセンサとして働いているかもしれません。分子モデリングからミモシン合成能も持つ細胞質型酵素との活性部位の違いも見出されました。(pp. 95-108)
マメ科植物・根粒菌共生の進化研究に向けたカスミヒメハギ(ヒメハギ科)の特性評価
Tokumoto Y, Hashimoto K, Soyano T, Aoki S, Iwasaki W, Fukuhara M, Nakagawa T, Saeki K, Yokoyama J, Fujita H, Kawaguchi M (2020)
Assessment of Polygala paniculata (Polygalaceae) characteristics for evolutionary studies of legume-rhizobia symbiosis. J Plant Res 133:109-122
マメ科植物と近縁でありながら根粒菌とは共生しないヒメハギ科カスヒミメハギPolygala paniculataを新たな実験植物として導入しました。ライフサイクルなど植物の特性を評価するとともに、広宿主域根粒菌に根毛がレスポンスすることを示しました。(pp. 109-122)
Technical Note
揮発性有機化合物合成遺伝子解析のための、PTR-TOF-MSを用いた非破壊的・高効率分析法
Li M, Cappellin L, Xu J, Biasioli F, Varotto C (2020)
High-throughput screening for in planta characterization of VOC biosynthetic genes by PTR-ToF-MS. J Plant Res 133:123-131
植物の二次代謝産物である揮発性有機化合物の機能解析や合成遺伝子の探索と解析では、しばしば多数の個体を分析する必要が生じる。この論文ではPTR-TOF-MSを用い、揮発性有機化合物を高効率・高感度で、非破壊的に分析する方法を確立した。(pp. 123-131)
小型で壊れやすい植物標本に使用できる非破壊DNA抽出法
Sugita N, Ebihara A, Hosoya T, Jinbo U, Kaneko S, Kurosawa T, Nakae M, Yukawa T (2020)
Non-destructive DNA extraction from herbarium specimens: a method particularly suitable for plants with small and fragile leaves. J Plant Res 133:133-141
従来の方法で押し葉標本のDNAを抽出すると、標本の形態を変化させてしまう。そこでプロテイナーゼK等を含む緩衝溶液を標本表面に直接滴下することで、標本の形態を損なわずにDNA抽出する手法を開発した。本手法は、貴重標本のDNA分析や短時間・低コストのDNA抽出法として活用できる。(pp. 133-141)