2021年11月号(Vol.134 No.6)
Current Topics in Plant Research
硫酸ナトリウムストレスに関する理解の現状:塩化ナトリウムと何が異なるか?
Reginato M, Luna V, Papenbrock J (2021)
Current knowledge about Na2SO4 effects on plants: what is different in comparison to NaCl? J Plant Res 134:1159-1179
火山性土壌などで見られる硫酸ナトリウムによる塩ストレスについて、塩性植物のProsopis strombuliferaを対象とした研究を中心に、他の植物種や作物種についても言及しつつ、形態的、生理的、生化学的影響を塩化ナトリウムと比較しながら概観する。(pp. 1159-1179)
Taxonomy/Phylogenetics/Evolutionary Biology
葉緑体DNAおよびRAD-seq解析による東アジアの草原性植物キスミレ(スミレ科)の分子系統地理学的研究
Sata H, Shimizu M, Iwasaki T, Ikeda H, Soejima A, Kozhevnikov AE, Kozhevnikova ZV, Im H-T, Jang S-K, Azuma T, Nagano AJ, Fujii N (2021)
Phylogeography of the East Asian grassland plant, Viola orientalis (Violaceae), inferred from plastid and nuclear restriction site-associated DNA sequencing data. J Plant Res 134:1181-1198
「満鮮要素」という東アジアの草原性植物群の起源や分布変遷過程を明らかにするために、キスミレを用いて葉緑体DNA解析およびRAD-seq解析を行った。その結果、本種は大陸起源であり、最終氷期に朝鮮半島を経由して日本列島に進入してきた歴史があることが明らかとなった。(pp. 1181-1198)
雑種弱勢を示すトウガラシ種間雑種における温度依存的な糖蓄積
Shiragaki K, Furukawa H, Yokoi S, Tezuka T (2021)
Temperature-dependent sugar accumulation in interspecific Capsicum F1 plants showing hybrid weakness. J Plant Res 134:1199-1211
トウガラシ種間雑種における雑種弱勢は30 °C以上で栽培することで抑制されることが明らかになった。また、雑種弱勢のタイムコースを調べたところ、葉では、ストレス関連およびショ糖トランスポーター遺伝子の発現変動、細胞死、生育停止、糖の高蓄積の順で認められた。(pp. 1199-1211)
Ecology/Ecophysiology/Environmental Biology
ナヨタケ科の菌種と菌根共生するサイハイラン(ラン科)の菌根菌の多様性、および新知見の部分的菌従属栄養性
Yagame T, Lallemand F, Selosse M-A, Funabiki E, Yukawa T (2021)
Mycobiont diversity and first evidence of mixotrophy associated with Psathyrellaceae fungi in the chlorophyllous orchid Cremastra variabilis. J Plant Res 134:1213-1224
腐生性の菌種と菌根共生する部分的菌従属栄養性のラン科植物(サイハイラン)が初めて発見された。このラン科植物は多様な菌種と菌根共生するが、ナヨタケ科の特定の菌種と菌根共生する個体は根茎を形成し、植物体内の炭素の安定同位体比も高くなることが明らかになった。(pp. 1213-1224)
生育条件による熱帯樹木のG-93イソプレン放出予測パラメーターの調節
Oku H, Iwai S, Uehara M, Iqbal A, Mutanda I, Inafuku M (2021)
Growth condition controls on G-93 parameters of isoprene emission from tropical trees. J Plant Res 134:1225-1242
生育条件による熱帯樹木のイソプレン放出調節機構を解明するため、熱帯樹木の陽葉と陰葉のイソプレン放出予測式G-93のパラメーター、生育温度、光強度、MEP経路代謝産物、光合成速度、イソプレン合成酵素量の各因子間の相関を解析した。その結果、熱帯樹木のイソプレン放出の温度に対する応答性はMEP代謝産物により調節されていることが示唆された。(pp. 1225-1242)
Genetics/Developmental Biology
南アフリカのAcacia mearnsiiの遺伝的多様性と集団遺伝構造
Bairu MW, Amelework AB, Coetzer WG (2021)
Genetic diversity and population structure of six South African Acacia mearnsii breeding populations based on SSR markers. J Plant Res 134:1243-1252
マイクロサテライトマーカーを用いて、南アフリカにおけるブラックワトル(Acacia mearnsii)の育種集団の遺伝的多様性を明らかにした。集団間の遺伝的分科の程度は低~中程度であり、全て集団で近交係数(FIS)が正の値を示した。オーストラリアから近年持ち込まれた個体も含めた遺伝構造解析を行い、今後の保護管理のための遺伝情報を取得した。(pp. 1243-1252)
アメリカミズメとシルバーバーチのトランスクリプトーム解析の比較により明らかにされたアメリカミズメにおける高発現二次代謝産物合成遺伝子
Singewar K, Kersten B, Moschner CR, Hartung E, Fladung M (2021)
Transcriptome analysis of North American sweet birch (Betula lenta) revealed a higher expression of genes involved in the biosynthesis of secondary metabolites than European silver birch (B. pendula). J Plant Res 134:1253-1264
アメリカミズメの二次代謝産物の合成遺伝子の同定を目的としてRNA-seq解析を行い、シルバーバーチと比較した。アメリカミズメでは安息香酸やテルペノイド等の合成に関わると推測される29個の遺伝子が強く発現していた。これらの二次代謝産物の合成に関わると推測される39個の転写調節因子も同定した。(pp. 1253-1264)
植物特異的DYRKキナーゼDYRKPはゼニゴケにおいて細胞形態を調節する
Furuya T, Shinkawa H, Kajikawa M, Nishihama R, Kohchi T, Fukuzawa H, Tsukaya H (2021)
A plant-specific DYRK kinase DYRKP coordinates cell morphology in Marchantia polymorpha. J Plant Res 134:1265-1277
コケ植物ゼニゴケの形態の適切な制御に植物特異的なDYRKサブグループに属するタンパク質リン酸化酵素MpDYRKPが寄与することを見出した。Mpdyrkp機能欠損変異体では表皮細胞の形態が不均一に乱れ、さらに組織レベルでも葉状体や生殖枝の形態が異常になることがわかった。(pp. 1265-1277)
Physiology/Biochemistry/Molecular and Cellular Biology
アゾスピリルム属菌を用いたトウモロコシの塩耐性の改良:抗酸化系からの取り組み
Checchio MV, Alves RC, Oliveira KR, Moro GV, Santos DMM, Gratão PL (2021)
Enhancement of salt tolerance in corn using Azospirillum brasilense: an approach on antioxidant systems. J Plant Res 134:1279-1289
植物成長促進細菌であるアゾスピリルム属菌を処理したトウモロコシではグルタチオンペルオキシダーゼやグアヤコールペルオキシダーゼ等の抗酸化酵素が上昇することにより高塩耐性が付与されることが示唆された。(pp. 1279-1289)
シロイヌナズナのサブクラスI アクチン脱重合因子とアクチン2/8は新規の核内DNA倍加制御因子である
Inada N, Takahashi N, Umeda M (2021)
Arabidopsis thaliana subclass I ACTIN DEPOLYMERIZING FACTORs and vegetative ACTIN2/8 are novel regulators of endoreplication. J Plant Res 134:1291-1300
植物サイズと核内DNA倍加を制御する新規の因子として、アクチン繊維の構造・動態制御に関わるアクチン脱重合因子、および、アクチンタンパク質であるACTIN2/8を同定した。(pp. 1291-1300)
単細胞藻類Cyanidioschyzon merolaeのサイクリンB遺伝子のG2/M期特異的転写に関与するシスエレメント
Nobuko Sumiya (2021)
Cis-acting elements involved in the G2/M-phase-specific transcription of the cyclin B gene in the unicellular alga Cyanidioschyzon merolae. J Plant Res 134:1301-1310
G2/M期に転写される遺伝子のプロモーターに存在するシス配列のMSA エレメント様配列は単細胞紅藻Cyanidioschyzon merolaeのサイクリンBの上流に4つ存在する。本研究ではこの4つはG2/M期特異的転写にそれぞれ異なった様式により関与することを示した。(pp. 1301-1310)
スイカズラ(Lonicera japonica)において高温下で起こる光化学系IIの低発現制御は光化学系Iを保護する
Jiang Y, Feng X, Wang H, Chen Y, Sun Y (2021)
Heat-induced down-regulation of photosystem II protects photosystem I in honeysuckle (Lonicera japonica). J Plant Res 134:1311-1321
本論文は、スイカズラ(Lonicera japonica)を高温に晒すと、光化学系II(PSII)の活性低下とともにPSIを介した循環型電子伝達の誘導が起こり、PSIIからPSIへの電子伝達を低下させることで活性酸素種の発生を抑え、PSIを保護する作用を持つことを明らかにした。(pp. 1311-1321)
代謝物及びトランスクリプトーム解析によるカカオポッドの色の多様性の解明
Li F, Wu B, Yan L, Qin X, Lai J (2021)
Metabolome and transcriptome profiling of Theobroma cacao provides insights into the molecular basis of pod color variation. J Plant Res 134:1323-1334
カカオポッド(カカオの果実)の色の多様性を解明するため、異なる果実色を有する品種間で代謝物及びトランスクリプトーム解析を行った。色の変化はアントシアニンの含量と生合成遺伝子の発現と相関していた。また、これら生合成遺伝子の発現はMYB等の転写因子によって制御されることが示唆された。(pp. 1323-1334)
ベタレインを合成するナデシコ目植物の潜在的なアントシアニン合成能
Sakuta M, Tanaka A, Iwase K, Miyasaka M, Ichiki S, Hatai M, Inoue YT, Yamagami A, Nakano T, Yoshida K, Shimada S (2021)
Anthocyanin synthesis potential in betalain-producing Caryophyllales plants. J Plant Res 134:1335-1349
アントシアニンとベタレインの分布は互いに排他的であり、両者が同一植物に共存する例は報告されていない。ベタレインを合成するナデシコ目植物でも、アントシアニン合成系の遺伝子群は保持されており、これらを過剰発現させるとアントシアニンが合成されることを初めて示した。(pp. 1335-1349)
乾燥ストレスはオオムギHvDME遺伝子プロモーターにおけるDNAメチル化状態の変化を誘導する
Drosou V, Kapazoglou A, Letsiou S, Tsaftaris AS, Argiriou A (2021)
Drought induces variation in the DNA methylation status of the barley HvDME promoter. J Plant Res 134:1351-1362
オオムギのDNA脱メチル化酵素遺伝子(HvDME)の発現は乾燥条件で上昇することが知られている。本研究では、乾燥条件におけるHvDMEプロモーターのDNAメチル化状態を解析し、翻訳開始点から近い領域と遠い領域で異なるDNAメチル化パターンの変化を検出した。(pp. 1351-1362)