2022年3月号(Vol.135 No.2)
Current Topics in Plant Research
エンド型キシログルカン転移酵素/加水分解酵素(XTH)の機能を再考する
Ishida K, Yokoyama R (2022)
Reconsidering the function of the xyloglucan endotransglucosylase/hydrolase family. J Plant Res 135:145-156
XTHはキシログルカンの繋ぎ換えを担う酵素で、細胞壁の伸展において重要な役割を担うものと考えられてきた。しかし最新の研究では、多様な基質特異性や酵素特性が報告されるとともに、環境応答における重要性などが示唆されていることから、XTHの機能を包括的に再検証した。(pp. 145-156)
ムクロジ目における雌蕊群の多様性とその一例としてのTrichilia pallens(センダン科) の雌蕊群の構造
Ottra JHLE, Melo-de-Pinna GFA, Demarco D, Pirani JR, Ronse De Craene LP (2022)
Gynoecium structure in Sapindales and a case study of Trichilia pallens (Meliaceae). J Plant Res 135:157-190
ムクロジ目は生殖様式が多様であるため、花の形態構造の進化について未解明な部分が多い。本レビューではその観点から、ムクロジ目における雌蕊群の構造の特徴について解説した。また、センダン科のTrichilia pallensの雌蕊構造について新規に観察し、その結果も加えた。(pp. 157-190)
系統地理学における数十年来の課題:日本列島の高山植物に見られる遺伝構造に影響する複雑な歴史プロセスと生態的要因
Ikeda H
Decades-long phylogeographic issues: complex historical processes and ecological factors on genetic structure of alpine plants in the Japanese Archipelago. J Plant Res 135:191-201
日本列島の高山植物について行われてきた一連の系統地理学の研究を俯瞰し,遺伝構造に複数のパターンがあることを指摘するとともに,遺伝構造から考えられる日本列島における高山植物相の成り立ちの歴史や独自な系統が進化する背景を議論することで,今後の研究の方向性を示した。(pp. 191-201)
Taxonomy/Phylogenetics/Evolutionary Biology
コウゾ類(クワ科)の葉緑体全ゲノムに基づく系統ゲノミクスおよびコウゾの起源推定
Kuo W-H, Liu S-H, Chang C-C, Hsieh C-L, Li Y-H, Ito T, Won H, Kokubugata G, Chung K-F (2022)
Plastome phylogenomics of Allaeanthus, Broussonetia and Malaisia (Dorstenieae, Moraceae) and the origin of B. × kazinoki. J Plant Res 135:203-220
和紙の原料コウゾの起源とコウゾ類の分類学的取扱いを葉緑体全ゲノム及び核DNA配列を基に検証した。結果、コウゾはヒメコウゾを母親としたカジノキとの交雑由来であり、日本産は単一起源の可能性が高い。また,コウゾ類に含まれる3属はそれぞれ独立した属とすべき見解を示唆した。(pp. 203-220)
Prosopis chilensis(マメ科)の葉形質の低い遺伝的変異性
Bessega C, Vilardi JC, Cony M, Saidman B, Pometti C (2022)
Low genetic variation of foliar traits among Prosopis chilensis (Leguminosae) provenances. J Plant Res 135:221-234
Prosopis chilensis(マメ科)は南米に生育する木本植物で、生育地ごとに異なる形態的特徴を示す。本研究では、本種の葉の量的形質の遺伝的特性を解析した。共通圃場実験により、葉の量的形質の遺伝率や分集団間の分化が極めて低いことが示された。すなわち、野外で見られる本種の葉形態の変異は、環境に対する表現型の可塑性であることが示唆された。(pp. 221-234)
Ecology/Ecophysiology/Environmental Biology
Libidibia ferrea (マメ科)の混合倍数体集団における、二倍体に比べ同質四倍体の高頻度な花粉媒介者と稔実
Oliveira W, Silva JLS, Cruz-Neto O, Oliveira MTP, Albuquerque IF, Borges LA, Lopes AV (2022)
Higher frequency of legitimate pollinators and fruit set of autotetraploid trees of Libidibia ferrea (Leguminosae) compared to diploids in a mixed tropical urban population. J Plant Res 135:235-245
熱帯都市部におけるLibidibia ferreaの混合倍数体集団では、二倍体に比べ同質四倍体は花期が短かったが、花序あたりの花数が多く、花も大きく、花粉媒介者の訪花頻度も高く、花序あたりの果実と種子生産量は高かった。ストレスの強い環境における倍数体の優位性が示唆された。(pp. 235-245)
Morphology/Anatomy/Structural Biology
細胞壁肥厚とチロソイド: カンラン科Protium ovatumの分泌管における新奇形態構造
de Nicolai J, Rodrigues TM (2022)
Cell wall thickenings and tylosoid: developmental morphology reveals novelties for secretory canals in Protium ovatum (Burseraceae). J Plant Res 135:247-257
カンラン科Protium ovatumの分泌管の構造について詳細な形態観察を行った。その結果、分泌管の上皮細胞における細胞壁の肥厚、そしてチロース状物質(チロソイド)の蓄積による分泌管内部の充填とそれに伴う通導機能の喪失がカンラン科で起きることが初めて明らかとなった。(pp. 247-257)
ミコニア連(Miconieae,ノボタン科)の花序における形態構造の解明: 発生様式、類型化および系統進化との関連
Freire TL, Valente BN, De Toni KLG, Baumgratz JFA (2022)
Untangling inflorescences in Miconieae (Melastomataceae): development, typology, and the systematic and evolutionary implications. J Plant Res 135:259-274
ミコニア連(Miconieae, ノボタン科)において、網羅的な花序の発生様式の観察と構造の類型化を行った。その結果、本連の一部で偽腋生の花序を持つことが明らかとなった。また、頂生花序が本連全てのクレードで観察されたことから、腋生と偽腋生の花序は派生的であると推定される。(pp. 259-274)
Genetics/Developmental Biology
菌従属栄養植物トラキチランの遺伝構造と菌根菌特異性
Minasiewicz J, Krawczyk E, Znaniecka J, Vincenot L, Zheleznaya E, Korybut-Orlowska J, Kull T, Selosse M-A (2022)
Weak population spatial genetic structure and low infraspecific specificity for fungal partners in the rare mycoheterotrophic orchid Epipogium aphyllum. J Plant Res 135:275-293
ヨーロッパにおいて菌従属栄養植物トラキチランの遺伝構造と共生菌の特異性を調べた。核・葉緑体DNAマーカーの解析の結果、分集団構造は見られなかった。また、共生菌種に地理的な差異はなかった。トラキチランでは集団間で頻繁な遺伝子流動が生じており、共生菌種が均一化されていると考えられる。(pp. 275-293)
ボタン属Paeonia ludlowiiの種子不稔は胚珠発生や重複受精過程の不全が原因である
Chen T, Xie M, Jiang Y, Yuan T (2022)
Abortion occurs during double fertilization and ovule development in Paeonia ludlowii. J Plant Res 135:295-310
Paeonia ludlowiiはチベットに自生する絶滅危惧種であるが、種子不稔が高頻度で起こり繁殖率が低いことが知られている。本研究ではP. ludlowiiの受粉と受精過程を形態学的に観察し、胚珠発生や重複受精の様々な過程で異常が生じていことが明らかになった。(pp. 295-310)
Physiology/Biochemistry/Molecular and Cellular Biology
地上部の蒸散作用が制約されると、葉から根へ道管を経て水圧信号が伝達され、根の道管側プロトンポンプが活性化される
Okamoto H, Kitamura S, Masaki N (2022)
Activation of the root xylem proton pump by hydraulic signals from leaves under suppressed transpiration. J Plant Res 135:311-322
植物体地上部が水を必要としているときに蒸散作用が制約(開葉直前)または阻害(降雨、温度降下)されると根電位の急速な+シフトが見られる。根に人工水圧をかけて同じ現象が再現された。細胞内微小電極法によって、これは根の道管側プロトンポンプの活性化によるものであることが実証された。(pp. 311-322)
コガネノウゼンHandroanthus chrysotrichusの浸水ストレスによる同化障害とエネルギー調節
Bispo TM, Vieira EA (2022)
Assimilatory deficit and energy regulation in young Handroanthus chrysotrichus plants under flooding stress. J Plant Res 135:323-336
浸水したコガネノウゼンHandroanthus chrysotrichusでは、生育や光合成活性が著しく低下した。一方、アルコールデヒドロゲナーゼやピルビン酸デカルボキシラーゼの活性が上昇したことから、嫌気的代謝が活性化し、ATP合成が補填されたことが示唆された。(pp. 323-336)
トマト実生においてストリゴラクトンは一酸化窒素を介して耐塩性に関与する
Liu H, Li C, Yan M, Zhao Z, Huang P, Wei L, Wu X, Wang C, Liao WT (2022)
Strigolactone is involved in nitric oxide-enhanced the salt resistance in tomato seedlings. J Plant Res 135:337-350
本研究では、トマト'Micro-Tom'を使用して、塩ストレス耐性におけるストリゴラクトン(SL)と一酸化窒素(NO)の役割と相互作用を研究した。その結果、SLは、光合成色素含有量を増やし、抗酸化能力を高め、内因性SL生合成を改善することでトマト実生のNO誘発塩応答を強化し、耐塩性に寄与する可能性が示された。(pp. 337-350)
Iris属のIris domesticaとI. dichotomaにおける時計関連遺伝子の花の開閉と概日リズム発現に対する異なる光周期の効果
Liu R, Gao Y, Fan Z, Guan C, Zhang Q (2022)
Effects of different photoperiods on flower opening, flower closing and circadian expression of clock-related genes in Iris domestica and I. dichotoma. J Plant Res 135:351-360
Iris domesticaとI. dichotomaにおける花の開閉は連続暗期では概日リズムを示したが、連続光下では概日リズムを示さなかった。4時間以上の暗期が概日リズムを保持した花の開閉に必要であった。このような異なる光周期の刺激は時計関連遺伝子の発現様相にも影響を与えた。(pp. 351-360)
シロイヌナズナにおけるONE-HELIX PROTEIN1を含む光化学系2の構築中間複合体のキャラクタリゼーション
Maeda H, Takahashi K, Ueno Y, Sakata K, Yokoyama A, Yarimizu K, Myouga F, Shinozaki K, Ozawa S-I, Takahashi Y, Tanaka A, Ito H, Akimoto S, Takabayashi A, Tanaka R (2022)
Characterization of photosystem II assembly complexes containing ONE-HELIX PROTEIN1 in Arabidopsis thaliana. J Plant Res 135:361-376
植物の光化学系2はターンオーバーが早いことが知られており、光照射下では再構築が必要である。この論文では、植物が光化学系2を構築・再構築する過程で形成されるOHP1タンパク質複合体の精製し、そのキャラクタリゼーションを行った。(pp. 361-376)
Technical Note
レーザーマイクロダイセクションと液体クロマトグラフィー-質量分析法を用いた凍結切片からの時空間的な植物ホルモン解析
Yamada K, Nakanowatari M, Yumoto E, Satoh S, Asahina M (2022)
Spatiotemporal plant hormone analysis from cryosections using laser microdissection-liquid chromatography-mass spectrometry. J Plant Res 135:377-386
本研究では、シロイヌナズナ切断花茎の組織別植物ホルモン分析法について検討した。LMD法によるサンプリングと液体クロマトグラフィー質量分析計による定量分析を行うことで、限られた部位や組織における植物ホルモンの時空間的変化を、包括的かつ定量的に解析できることが示された。(pp. 377-386)